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しつこい人 4
梅本は少し後悔している。なぜ自分はあんなに頑なに、和輝の過去を探ろうと躍起になっていたのだろうかと。
和輝があんなに怒ると思わなかったし泣くとも思っていなかった。梅本が知っている和輝は、普段、高飛車で一つ上の自分にも偉そうな…呼び名は『先輩』だが、全く敬ってない…和輝と辛い恋愛が全く結び付かなかったのだ。
初めから気なっていた疑問。キレイな顔立ちだし、モテそうだけど遊んでいる感じのない和輝が色々自分の先を行ってるのが不思議だった。高校の頃は遊び人だったのか?と言う疑惑が浮かぶが到底そんな感じはしない。
自分を基準にしてはいけないとは思う。恋愛経験で行けば、高校の頃は頑張ってもキス止まり、大学で付き合った女の先輩とはお互い初めて同士だったから、何となく甘い思い出だったりする。経験といえばその程度だ。だから、和輝の事も、つい自分と重ね合わせて、甘い初恋の思い出があるんじゃないかと想像して、自分を棚に上げて嫉妬心を抱いていたのだ。しかし和輝は初とは程遠く、経験豊富だと思わせるテクニックを持っいる。それに、セックスの時にたまに見せる冷めた表情と言うか、行為に没頭出来ていない顔をする事も梅本にとっては気になるところだった。無表情に、口淫する梅本を見下ろしてくる和輝の表情が冷たくて、そんな表情をさせまいと、梅本は必死になっていた。しかしそんな顔をした後なのに、目が合うとふっと笑うのだ。今思えば甘えた様な顔だったかもしれないが、その時は、先輩下手だね、と呆れられている様な気がしていたのだ。
だから、梅本が和輝の過去を詮索した事が原因で喧嘩になって、口を利かない状態になった時も、梅本の方も絶対言わせてやると意地になっていた。頑なで高飛車な和輝を屈服させようと使命感に燃えていたと言っても良い。しかしそんな梅本を和輝はいつも鼻で笑いながら躱していた。
でも、違ったらしい。改めて和輝が話があるといった時の何か思い詰めた感じは、もう限界だと伝えていたのだと思う。和輝が泣いて言い放った言葉で、細かい事を聞かなくても、想像はできる。きっと相手が大分年上で、和輝をおもちゃにした挙げ句、捨てたのだろう。
しかし、そう言われると合点がいく事があった。互いに裸になって抱き合うときに、少し恥ずかしそうにして、しがみつくように梅本の背中に腕を回しながら、
「肌同士が触れ合うと温かいんだね…」と言うのだ。そんな時の和輝は初で切なげだ。梅本からすれば、セックスとはそういう温もりを交換し合う行為だと思うのに、テクニックはあってもそんなことすら知らないのかと内心呆れていたりもした。しかし、今思えば心の通い合った行為を知らなかったのかもしれない。
何となく事情が分かってしまうと何であんなに聞きたがったのだろうと思ってしまう。しかも結局知りたかった事はよくわからないままだ。でもこれ以上聞いてはいけない。自分が聞かなければ、和輝から話すことはまずないだろうが、これ以上踏み込んではいけないのだ。和輝がよく言っている、今二人でいる事が幸せならいいじゃないか、という言葉が、今ならよく分かる。そう、今が幸せならばそれで良い。梅本もそう思った。
もし、あの言葉から想像した通り、愛のない相手に弄ばれたのだったら、過去を詮索して気持ちを引き戻させるのではなく、これから先和輝が今が一番幸せだと思わせてやれる自分であり続けたい、梅本はそう思ったのだった。
しつこい人 終
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