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言い訳 2

 彼女の家に着いてドアを開けると、おかえりなさいと出迎えられた。驚きつつも、何だか良いなと思ってしまう気持ちを、首を降って振り払う。 「やぁ…こんばんわ、沙奈絵ちゃん。」 挨拶がぎこちない。 「梅本さん、何飲みますか?ビール冷えてますけど?」 少し鼻にかかった沙奈絵の声が問いかける。 「あぁ…いや、水くれる?」 という梅本を、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出しながら、竹井沙奈絵が不思議そうな顔で眺めている。いつもなら、梅本は迷わずビールを選ぶのに、何故水なのか?と考えている様だ。結局導き出したのは梅本は体調不良であると言う事らしい。 「梅本さん、具合悪いんですか?横になりますか?」 上目遣いに見上げてくるのが堪らなく可愛いなと感じてしまう自分はかなり重症だな…と呆れながら、梅本は沙奈絵のベッドに腰を下ろした。すると、自然とピッタリ隣に沙奈絵が座って、梅本の額に手を伸ばして熱を計ろうとする。しかし、それを手で制して、梅本は話し始めた。 「あのさ、沙奈絵ちゃん。折り入って話がありまして……」 「はい、何でしょう?」 ちょっと首を傾げるその仕草が何とも言えない可愛さだなと、また見惚れてしまいそうになる。いやいや、ぐらつくな俺!和輝の所に帰るんだろ!と気持ちを鼓舞して姿勢を正した。 「沙奈絵ちゃん……竹井、沙奈絵さん……すみません、あのですね……今日で終わりにして下さい、ますか?」 辿々しい上に、言葉を選ぶ余裕もない。 しかし、沙奈絵はと言うと、梅本が神妙な顔つきで真面目な話をしているにも関わらす、何だか嬉しそうに笑っているのだ。 「梅本さんって面白いですね。そう言うところ、大好きです。でも、何だか残念なお知らせだった様な気がするのですけど……気のせいでしょうか?」 無邪気に笑顔を見せながら言う沙奈絵のペースに引き込まれそうになるが、ここで負けたら駄目だと自分の気持ちを奮い起こした。 「気のせいじゃないです…よ……あの。終わりにして下さい。ごめん!ごめんね!ホントにごめん。」 その言葉を聞いて、口を引き結んで天井を見つめる沙奈絵だ。事態を把握しようとしているらしい。首を右に左に傾げながら、上目遣いに天井を見つめている。 やっぱ可愛いなぁ……とつい思ってしまう。 「沙奈絵ちゃん、俺さ、前にも話したけどさ、付き合ってる人がいるって。よく考えたんだけど、その人の方が大事だなって思っちゃって。」 天井を見ていた沙奈絵が、真っ直ぐ梅本を見つめ返した。黒目がちな瞳が急に一切の感情を消した。そして、ゆっくり瞬きしたあと、静かに口を開いた。 「梅本さんって酷い人ですね。そういう事。簡単に言うんですか?」 普段表情が豊かな沙奈絵なので、無表情に近いその顔が人形の様でとても怖い。 「いや、簡単には言ってないよ。よく考えて…」 「よく考えてそんな言い方するんですか?私の気持ち、知ってますよね?」 沙奈絵の視線は、梅本の考えの甘さを突き刺すように真っ直ぐだ。梅本は話せば分かってくれると思い込んでいた。しかし、梅本の一人の勝手な言い分だ。そんな自分勝手が簡単に通る程甘くは無かった。  その晩、真夜中まで話をしたが平行線のままだった。途中、沙奈絵が泣き出して、落ち着くまで、隣りに座って背中を擦ったりしていたが、そう言う優しさが無駄に期待させてしまう事に気が付かない梅本だ。そんな梅本に沙奈絵は何か言いたそうにしていたが、何も言わないまま俯いてしまった。 結局、話もあまり出来ないまま終電を逃したが、明日、授業終わりに学食でまた話そうと言って、沙奈絵の家を出た。 真夜中の道を駅まで歩く。和輝の待つ家に帰れば良いだけの話だが、事が解決していない今はまだ帰りにくい。ちゃんと終わってからだ。話せる様になってから帰ろう……そう思った。 それから駅前のマンガ喫茶で時間を潰し、朝になって大学近くの喫茶店に移動してトーストとコーヒーを頼んで一息ついた。 溶けたバターの染み込んだ、この分厚いトーストを和輝が好きだと言っていたのを思い出す。昭和感溢れるこの喫茶店は和輝のお気に入りだ。一緒に食べたかったなと寂しい気持ちになる。が、自分で撒いた種だ。ちゃんと刈り取って、また一緒に来よう。

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