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言い訳 6
少し経って店員が、沙奈絵が注文したケーキを運んで来た。梅本のために選ばれた一つは和輝がたまに頼むのと同じものだ。甘さが控えめで小ぶりだから、これなら食べれるよと言っていたのを思い出した。
「ありがとう。頂きます」
と言ってケーキを食べ始める。沙奈絵が何を話したいのか察しはつくが、一向に話始めず、沈黙が続く。ただ黙々とケーキを口に運んで殆どなくなった頃、沙奈絵がふっと息を吐いた。それから
「お話したいことというのは…ですね…
あの、私何処がいけなかったのかなって…考えていたんです。」
と話し始めた。沙奈絵なりにこの別れの理由を考えたのだ。だが、沙奈絵が悪いわけではない。梅本の一方的な我儘だ。だから、
「そうじゃないんだよ、沙奈絵ちゃん。全部俺が悪いの。」
と言い返す。
「でも、私がもっと魅力的だったら、梅本さんだって私を選んでくれたでしょ?」
「そうじゃない、あいつが特別なんだ、俺にとっては」
「じゃあ、どんな人なんですか?私もそう言うふうになりたいです。梅本さんの特別に。誰ですか?私も知っている人ですか?」
和輝の名前を出すか、正直なところ迷いがあった。だが、和輝との関係は公然の事実だ。多くの友人が知っている。いずれは耳に入るだろう。
「松井和輝…知っている?…あいつだよ。」
「松井さん…?」
沙奈絵が唖然とした顔をしている
「松井さんって……男の方ですよね?どうして?友情とかではないんですか?」
「あぁそうだよ。友情じゃない。恋人なんだよ。周りの人間も結構知ってる。」
「それって…松井さんが同性愛者ってことですか?何か…嫌です。普通じゃない。」
沙奈絵に言われた事に言いようの無い怒りを感じて、持っていたカップをソーサーに叩きつけるようにおいた。和輝を侮辱されたみたいで許せなかった。が、そこで思い止まって、目をつむる。それから、沙奈絵に向かって深々と頭を下げた。
「それを言うなら俺だって同じだよ?それに和輝はこの件に関係に関係無いし、そういう風に言うのも辞めてほしい。悪いのは全部俺なんだよ。だから、ホントごめん…なさい。」
沙奈絵が俯いて、肩を揺らして泣き出した。
「でも…同性愛なんて社会的に認められないですよね?私だったら、そんな心配しないで一緒にいられるのに…」
しかし、梅本にとって社会は二の次だ。男であろうとなかろうと、和輝と言う人間を愛しているのだ。
「そういう事じゃないんだ。沙奈絵ちゃんじゃないんだよ、俺には和輝だけだから。」
それを聞いて、もう耐えきれないとばかりに沙奈絵が立ち上がると出口に向かって走り出した。だが、その思い詰めた後ろ姿をそのまま行かせる気持ちにはなれず、沙奈絵を追って梅本も店を出ようとした。すると、壁際の席に、和輝が座ってこちらを見ている。全て見られていたのだろう。が、沙奈絵を放ってはおけない。和輝ごめんと手だけでで謝って、ドアを抜けた。
店を出た時には、既に沙奈絵の姿はなかった。先ずは家を確かめようと沙奈絵のマンションを目指した。すると走り疲れたのだろう。しばらく行くと、沙奈絵がとぼとぼと、少し前を歩いている。走っていって呼び止めると、驚いた顔をしたが、追いかけて来てくれたんですね、と言って少しホッとした顔をした。
「勘違いしないで欲しいんだけど、心配だから来ただけだよ。もう俺の中では終わってるから。」
その言葉に沙奈絵は俯く。
「そうですよね…やっぱり。」
「でも家前までは送ってくから。」
そう言う梅本に、ありがとうございますと言って沙奈絵がついてきた。結局、マンションの入口に着くまで、互いに一言も話さなかった。
マンションの入口で二人並んで空を見ると6日目の月が昇っていた。沙奈絵もそれを見ていた様で、月が綺麗ですね、と言ったあと、慌てて付け加えた。
「あぁ、でもそういう意味じゃなくて…」
と言われて、梅本はその意味がよく分からなかったが、沙奈絵の表情か落ち着きを取り戻したのを感じ、そろそろ帰るよと、沙奈絵と別れた。背中を見送る沙奈絵に一度だけ振り返って手を振った。
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