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それから、 3
初めは挑戦的な色をしていた山崎の目が、先輩の誠実な言葉を受け止めるうちに色をなくしていった。
不機嫌になった山崎はその後はあまり喋らず、コーヒーを飲み終えると、校内を見るならと言って事務室に内線で事情を説明してくれて、その場で別れた。校内を少し散策して、山崎には会わずにそのまま学校を出て二人で校門の手前に止めた車へ向かった。
学校内では平静だった先輩が門を出た途端、車までの数十メートルを俺の手首を痛いくらいに掴んで離さない。そのままぐいぐいと引っ張られて車までの連れて行かれる。大の大人の男二人がそんな事をしているのが可笑しいのだろう。下校中の生徒達がじろじろ見ていた。
貴大が突き放すように手を離したから、しぶしぶ運転席に乗り込んだ。助手席に乗った先輩は無言のまま前を向いていた。
俺が、「腕、痛かったんだけど。」と言うと、先輩はこちらに視線を向けて小さな声でゴメンと謝る。でも閉じ込めた怒りのやり場に困っているのが分かる。
それをぶつけるように、先輩が無言で俺の項に手をあてて、激しく引き寄せてキスをしてきた。
通りすがりの高校生達が好奇の目を向けながら通り過ぎていく。でもそんな事もお構いなしに、先輩はまるで怒っているみたいに、乱暴に、口内を犯すようなキスを続ける。いや、怒ってるんだ。抱き締められた身体の骨が折れそうなくらい痛い。押し返そうともがくけど、びくともしなくて唇を強く噛んでやった。うっと唸った貴大が離れたすきにエンジンをかける。
「こんなところで、何考えてるんだよ。生徒にめちゃくちゃ見られてる。」
と俺が抗議しても、先輩はそれには答えないで
「和輝は俺のものだろ?」
と問う。それから悲痛な面持ちで言葉をつないだ。
「俺バカだ。過去のことなのに、和輝に愛されてるって分かってるのに、あのオッサンに嫉妬してる。」
涙声になりながら訴える先輩を、今度は俺から抱きしめた。
「馬鹿だな、貴大。あんなヤツ、自分より弱い立場の人間を支配して喜んでるだけの器の小さい人間だよ?貴大が俺の事を話してくれてる時、アイツがどんどん自信なくして、小さくなってったの気付いてた?負けてるって気が付いたんだよ、アイツ。」
「うん……、気づいてはいなかったけど…そうだったんだな。」
暫く黙っていた先輩だったが、少し落ち着きを取り戻して、ゴメンな、うちに帰ろうか、と言った。
それ以来その話は一切していなかった。野崎の話を聞きながらも、先輩は表情を変えなかった。もう自分には関係ない話だって思ってくれてるならいいなと思った。先輩の方を見ると、すごく愛しそうに俺を見てくれて、もう大丈夫なんだと思わせてくれた。
その後、先輩が大学の友達に呼ばれて輪に混ざっていったので、野崎とは地元の友達の話で盛り上がった。誰が結婚したとか、子供が産まれたとか、高校の頃の思い出話をしたりして笑い合った。山崎の事も、こうやって笑える思い出話と同じなんだ。
先輩が手招きしたので、野崎たちと離れて、そちらに合流した。映研の友達やら、先輩の写真部の友達、ゼミの友達や先輩達がいて、楽しげだ。でも楽しげなのは周りだけで、先輩は拗ねた顔をしている。やっぱりかわいい。映研で仲良くしてた高木さんに何か、からかわれているらしかった。
「俺は気付いてたよ、梅本が松井の事追っかけてるの。初めはさ、俺がストーカーされてんのかと思ったんだけどね。」
高木さんが言うと、笑いが起こる。
「今どこって聞いてくる割には一緒の席に合流しなくてさ、何か遠くからこっちを観察してんだよ。めちゃくちゃ怖くて!でもそういう時、いつも松井がいたから、もしやこれは?と思ったわけだよ。」
またまた笑いが起こる。そんな事、知らなかったから面白かった。高木さんが続けて
「映研の飲み会に紛れ込ませろって来た時に確信したね、俺は。で、あの後、何かいい事あったんだろ、なぁ梅本!」
「そう言うの10年以上経って言うのやめてよ!」
先輩の悲鳴の様な叫びがまた笑いを誘っている。そんな話をしてたって、みんな和やかで、先輩も楽しそうだ。酒が回ってきたのか。今度は高木さんが涙声になって
「良かった、本当に良かったよ。おめでとう!!」と叫んでいる。後輩たちが高木さん、飲みすぎですよ、って指を指して笑っていた。
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