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青白い青年

ゴリ押しで希望を叶えた春斗は、春も盛の陽気な日に店番をしながらニヤニヤと腑抜けた顔でデザイン画を眺める。 最初の注文は友達、次はその友達、それからSNSで知り合った人、数人のオーダーを受けている。 その全員がSMクラブやバーの女王様である。 その内容は私服やプレイ用のコスチューム、そしてランジェリーもある。 ランジェリーはまた少し特殊な技術に基づいて作られる物だが、春斗が作るのは機能性の無い、ジュエリーの感覚の物だ。 マゾヒストである事を自覚し、女王様の身に付ける物を己の手で作りたいという欲求の為だけに縫製を学んだ春斗は嬉々として製作に取り掛かる。 深月の仕事を業務として補佐するのでもなければ、その他は女王様のお召し物以外は作りたく無い、という不純に不純を重ねたろくでもない心意気で、愉快に暮らしていた。 鼻歌で楽しい気分を盛り上げて、いざ型紙を作っていこうという時に、ベルのついた扉が開く音がする。 すぐさま店舗の方に出て行くと、青白い顔をしたスラリとした青年が入ってきた。 「いらっしゃいませ。」 声をかけると、春斗の存在が予想外だったのか青年は少しだけ目を瞬く。 二年ほど働いていて、初めて会う人物だ。 「深月は外出中?」 「10分程で戻る予定でございます。」 「そうか、とりあえず注文してたものを取りに来いという連絡を受けたんだ、見せてもらえるかな。名前は神崎清太郎だ。」 「かしこまりました。少々お待ち下さい。」 内心、聴いてねえぞと思いながら伝票と物を探す。 完成品の収められた棚からスリーピースのチャコールのスーツを取り出した。 チャコールといっても糸の艶で黒ともとれる微妙な色合いだ。 仕立てはフォーマルでもパンツの裾幅を細くするなどの細かい点で若々しい遊びの雰囲気になる。 懐古主義の深月には珍しい作りであるが、今風の物を纏まり良くこなせる器用さには感嘆としてしまう。 「お待たせいたしました。こちらで……」 バックヤードに引っ込んでいたのはほんの数分の事だったが、店舗の長椅子で目を閉じて清太郎は眠っている。 余程疲れているのか、春斗はどうしたものかと考えながら、深月が戻るまでそっとしておいても良いだろうと判断した。 商品を丸いテーブルに整えて置き、不躾とはおもいつつも、深月の店には不釣り合いな雰囲気の清太郎を眺めた。 見た目は二十代前半の同年代に思われるが、顧客名簿では少し年上の二十代後半だ、どちらにせよ男性客としてはかなり若い方で、服装は白の長袖カットソーにジーンズという飾り気の無い服装で、顔はツンとした雰囲気に、身長は低く無いが高い訳でもなく、骨格のバランスが完璧でしっかりしている。 遺伝子的に恵まれていると思わされる。 日の光が差し込んで光っている様に見えて、神々しい程美しい。 女王様に感じる様なゾクゾクを感じる、きっとSに違いないなと勝手に妄想する。 これはただの願望である。 男性からインスピレーションを受ける事はあまり無い。 強いて言えば女王様を引き立たせる為にボンテージルックを考える事はあっても、究極的には己を律して筋トレでもしてそこそこの服装をしていれば美観を損ねる事は無いと思っている。 逆に怠惰な肉体でゴミの様に扱われるのもまた、好ましいのかもしれないが、春斗自身は筋トレを欠かさない。 出勤中のスーツを着るにも、ある程度の筋肉は必要だ。 この清太郎という人は深月のスーツが最高に似合うだろう。 和服なら着流し。 エナメルのロングパンツにサスペンダーというオーソドックスなフェティッシュファッションも似合いそうだ。そうなるとエナメルのグローブとピンヒールは必須だろう。 ハイヒールの似合う男はセクシーだ。 自分の妄想に満足しながら、紙にペンを走らせる。 そんな事をしている内に、夕方のおやつを買いに行っていた深月が戻ってきた。 扉のベルの音で清太郎は目を覚ました。 「来てたのか。」 「ヤバ……寝てた……」 「ちょっと忙しくしすぎ。若い癖に時代錯誤。」 「良いんだよ。今だけだ。この子が前に話してたバイトの春斗くん?」 急に春斗の方に興味が向いて、少し色素の薄い横長のスッキリした目にドキリとする。 「うちのユリ様がかっこいいコルセット着てたから、ママもドレスを欲しがってた。」 「チャンス。紹介しておこうと思っていたんだ。この子はこの前紹介したユリさんが在席しているSMバーのママの息子。僕の遠い親戚なんだ。」 「このビルのオーナーでもある。君達が好きなように変態スローライフしてるのは格安で貸してる俺のおかげでもあるね。」 今まで疑問だったこの店の経営がゆるやかな理由、そして深月の顧客に女王様が居た事や、春斗の欲望に対して社会的心配はしても、人格には否定的でない事への答えを得た。 変態話をしても良いとわかれば、春斗のやる気は急上昇する。 「俺もイベントの前とかは頼むよ。」 ピリピリピリと、通話呼び出しの音が響く。 清太郎は電話を耳に当てる。 「どうした?え、それは心配だな、わかってる代わりに俺行くから。あ、店から少し交通費持たせてあげて。」 電話を切るとフーっと息をつく。 「出勤予定で支度してた子の身内に不幸があったみたい。今すぐ行くからそれ着ていっていい?」 「構わないよ。」 「ワイシャツ黒にしましょうよ!」 ウキウキアイテムを選んでいく、夜のショーの世界は綺羅びやかであって欲しい。 「色シャツはちょっとやりすぎ……僕のスーツをチンピラみたいにしないで欲しい。無難に白にしてネクタイで遊ぶほうがいい。」 一番近い寸法で作った試作のワイシャツを選び、深い血色のネクタイを当て、どんどん清太郎を着飾っていく。 清太郎が着替えさせられ慣れている事にも、春斗の好意的感情を擽る。 従僕のレベルは主人の品格で成り立つ。 「靴は?」 「店に一足、あのおっさんが作った黒の内羽根が置いてある。」 あのおっさんとは、深月が慕っている下町の靴職人の事だ。 鏡の前では深月さんが櫛とポマードで髪を後ろに流す。 急に大人の雰囲気になり、三十代前半位には見えるようになってしまった。 「タクシー呼んでくれ。あ、あと春斗くんも行くぞ。」 「へ?」 「営業活動、仕事、しかも、俺のおごり。」 「何処までもお供いさせて頂います!」  「いってらっしゃい。注文とってきてね。」 清太郎が脱いだ服などを手早く紙袋に詰めて支度をする。 手を差し出されて、その繊細な指に触れと、グッと握られて引っ張られ、お腹の底をグズりと刺される想いがした。 物凄くかっこういい。 足元はスニーカーなのに堂々たる仕草には貴族っぽさを感じる。 何をしていてもかっこいい気がしてきた。

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