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咲女王様

清太郎にマゾ身の上話をしている内に、一際雰囲気のある女王様がやってきた。 少し低く掠れた声で、長い黒のワンレングス、背が高くて脚が長い、大胆なスリットの網タイツに黒地に黒のヒョウ柄のドレスを纏った、マダムと呼びたくなる、女王様の上位互換といった雰囲気だ。 「セイちゃん、紹介してちょうだい。」 「Long Tailでバイトしてる春斗だよ。春斗、彼女はこの店のママ、俺の母親でもあるが、サキ女王様。」 「はじめまして!」 春斗は立ち上がって頭を下げる。 「かわいい子じゃない、今度私のドレスも作ってちょうだいよ。ユリちゃんのコルセットとても素敵だったから。」 「喜んで!」 雰囲気が強過ぎて、ろくな返事が出来ない。 顔が強張って、指先をもじもじしてしまう。 「そろそろショーの時間よ。」 「承知いたしました。」 慇懃に返事をした清太郎は立ち上がる。 入れ替わる様にサキが春斗の隣に座る。 「あの、あの、何かお飲物を……今日は清太郎さんに連れて来て頂いたので、お飲物だけでも……」 「ふふ、ありがとう。でも結構よ。息子より若い子からは貰えない。」 にっこりと微笑んだ顔は女王様にも、母親にも見られる、女性特有の慈愛の強い表情だ。 急に暗くなったかと思うと、重厚な音がなり始めた。 デジタル音楽だ。 ステージだけがパッと明るくなり、椅子に座ってゆったりと煙草を吸う清太郎と、その足元に可愛らしいランジェリーを着た女の子が居る。 清太郎は女の子の顔を掴むと口に煙草を押し込む。 女の子の声は音楽に掻き消されるが、上がった肩が震え、顔は歪められた様に見える。 春斗の肩も見ているだけなのに上がってしまう。 手首を素早く捻り上げられたかと思うと、清太郎の腰にぶら下げてある縄で、あっという間に後ろ手にされていた。 天井から下がったチェーンとカラビナで出来た吊床に背中から縄を引っ掛けられ、グイッと身体が持ち上げられる。 まだ爪先立ちで立っているが、二の腕に巻かれた縄に挟まれて肉が盛り上がっている。 そして、一本鞭を太腿に打ち始めた。 打たれる度に足が地面から離れる。 上半身だけでぶら下がる瞬間に鞭を投げ捨てた清太郎は足首を掴み、縛り上げて片足立ちにしてしまう。 そして、お腹の辺りに縄をかけると、不安定に地面につく脚全体を丁寧に縛っていく。 物凄く身体が柔らかい女の子で、脚は上に上げられていき、身体は折りたたまれた様になったかと思うと、背中の吊り縄が緩められ、身体が逆さまに下りていく。 無抵抗の女の子は、朦朧とも、恍惚ともとれる顔をして、舞台の上でゆっくりと回っている。 呼吸する度に、お腹や胸の縄が食い込んでいる。 再び鞭を持った清太郎は、背中側に曲げられた脚の内腿に真っ赤なローソクを垂らされ、今度は音楽に消えない様な声で悲鳴があがり、身体が強張ったのがわかる。 口に加えていたらしい煙草の吸い殻が床にぽろりと落ちる。 ほんの短い逆さ吊りであったが、床に降ろされた女の子は呆然と転がったまま動かない、清太郎だけが頭を下げる。 拍手が一斉に起きたあと、女の子は首に縄をかけられ四つん這いでステージを引き摺り降ろされていく。 そして、客席を回ってチップを受け取っていく。 春斗の席に来た時、自分もチップを挟まなきゃとパッと二人を見るとどこかしらに挟まれたチップは千円札も五千円札も一万円札もある。 財布の中には一万円と千円の札が一枚ずつあるだけだ。 両方を挟もうと差し出してみるも、清太郎には静止されて千円札を未だ呆然としている女の子に促された。 清太郎にも挟みたかったのに、と思いつつも、清太郎に止められたのだから仕方がない。 暫くして他の席に寄って声をかけつつ、ゆっくりとした足取りで席に戻った清太郎は相変わらず笑顔で、良くできた美しい人形の様だ。 「今のうちに咲様の採寸しちゃえよ。」 「はい!何処かフィッティングルームとかあれば。」 「ここで構わないわ。」 「えっ……」 驚いている内に、堂々とカシュクールスタイルのドレスを脱ぎ捨てると、黒いレースに所々星の様にゴールドの刺繍があるランジェリー姿になる。 周りのお客さんがそわそわした雰囲気になる。 「失礼致します。」 子持ちの女性とは思えないが、若者とも違う、筋肉と脂肪のバランスが良い、お肉と呼びたくなるしっかりした身体に、手早くメジャーを走らせてメモしていく。 ヒップを測りながら湧き上がってきたこのお尻の圧迫感良さそう、という雑念を押しやりながら終わらせた。 「これはドレスへの期待よ。」 見透かす様に、春斗の胸をトンと押してソファに倒すと、大きなお尻が顔に迫って来て、顔がお尻でいっぱい、お尻と顔の境目がわからない位密着され、M男としてまだ何もご褒美をいただける事はしていないのに起きたこの幸せの瞬間を何分味わえるか、夢中で息を止める。 顔面に座っていただいて、鼻息をかける、口を開けて唾を付着させる、歯を当ててしまう等は春斗の中では品が無い行為である。舐めるなど言語道断。この幸福の絶頂を享受するならば、紳士としての振る舞いは絶対だ。 ただし、他のM男性の考えを否定するものではない。 素晴らしい女王様ランキングがあるなら咲の名前を最上位に名を書き込みたいと思った。 息子より若い男からドリンクは貰えなくても、尻の下に敷くことは出来る、面白い価値観だと春斗は思った。 酸欠でクラクラになり始めた所で解放され、倒れていると、春斗がお礼を言うか言わない間に咲は服を着て立ち去ってしまった。 清太郎の笑顔は深くなっている。 「素晴らしいランジェリーは顔面騎乗位の魅力を格段に上げる。実用的な柔らかさで煽情的なデザインながら、体型を整える生地の強さを兼ね備えたレースに硬い金糸の刺繍は顔を撫で上げるような心地になります。ランジェリーの役割をしっかり果たして形の良いヒップラインは理想的とも言える、そのサポート力をもって踏み潰される至福……素晴らしい……はぁ……あと……せめてセイ様に一杯だけでもお飲物を……」 「顔面騎乗して頂いたなら、咲様にあげればよかったじゃないか。」 「お断りされましたし、セイ様にはさっきチップ挟ませて貰えなかったし……」 「チップはさみたかったのか?何処に?」 好奇心旺盛な子供の様な顔で訊いてくる。 「どこ……サスペンダーでしょうか……」 「サスペンダーしてないけど。」 「ですよね、知ってました。でもサスペンダーが良いですね……あとハイヒール履いてくださるなら、土踏まずの隙間ですかね……あと大工さんが鉛筆挟むような感じで耳も良いな……腰とかは破廉恥過ぎて逆に違うというか……もはや手渡しの方が良い位ですけど……邪な事を申すとスラックスの裾を捲っていただいてソックスとかソックスガーターとか、あ、これ最高なのではないでしょうか……」 「わかった、バーカン行ってセイの飲み物って言ってお金払ってきてくれ。」 「はい。」 わざとらしく憐れみを込めた顔をされたので、春斗はバーカウンターまで逃げる様に向かった。 戻って行くと、清太郎は満足そうな顔になっていたので、調子に乗って頭を撫でて欲しいという態度で跪いてみたが、引っ叩かれて終わった。 期待を鮮やかに裏切られ、その鮮やかさにも感嘆とし、春斗は色々な意味で唸りたくなった。

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