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幻の夜

清太郎は、ゆっくりとユカに近付いていく。 手を掛けようとした瞬間に振り返ったユカがやっと逃げようとする。 顔は笑っている。 童顔のわりに妖艶な笑みで背筋がひやりとする。 ステージで捕物が見れるかと思ったが、一度逃げたユカを清太郎は追わず、ステージの椅子に座って煙草に火をつけて待っていた。 その煙草をユカは後から奪い取って吸う。 悪戯好きの妖精の様に見える。 煙草はあげることにしたらしい清太郎はもう一本火をつけて、それもまた奪われる。そしてもう一度奪われる。 諦めた清太郎は懐からボロボロの本を取り出して読み始める。 ユカは客席の灰皿に吸い殻を捨ててから、 本も取り上げてしまう。 そうなってお手上げになると、おもむろにユカのベールに手を掛け、引き剥がすとそれで手首を縛り、抵抗するユカに平手打ちをすると、ユカは大人しくなった。 バラ鞭片手に客席を周り、おそらくユカのファンであろう男性に鞭を打たせて回っている。 ユカは挑発的な態度をとる事もあれば、柔順にも、甘えた様にもなる、見事だ。 ステージに戻ると、麻縄で下半身を縛りチェーンブロックの吊床に引っ掛け、チェーンを引くとガシャガシャと音をたてて持ち上げられ身体が浮いていく、髪を鷲掴にされて、腰だけが上がり、顔が床にぶつからない高さになるとゆっくりと頭が降ろされた。 かなりの高さまで上げ、脚を縛って持ち上げれば綺麗な逆さ吊りだ。 手はだらりと床につかない位置に垂れ下がる。 それでも、ユカの濃いチークの頬が盛り上がり、目を細め、挑発するような、期待する様な目を清太郎に向けている。 春斗は自然と同じ表情になる。 すると、清太郎はユカの腹を蹴った。 うめき声と、チェーンブロックのガシャガシャという音が響く。 グラグラ揺れるユカはお腹を抑えているが、すぐに腕をまただらりと落とした。 そして、何かスイッチが切れた様な、虚ろな目に変わる。 ぼんやりした、自分しかこの世に存在していないのではないかという顔。 春斗はその姿を見て、劣情が背筋を這い上がってくる気持ちがした。 清太郎は作業の様に素早く上半身に縄をかけて固定してから、足首を少し下ろして固定すると、残りの縄をユカの口にかけると、鯱の様に反返る。 清太郎は長い一本鞭を振るう。 当たるたびにユカの身体は一回り小さくなる様に緊張し、そして暫くすると弛緩し、呼吸に合わせて縄が食い込む。 打たれた場所が赤くなっていく。 やっている事はオーソドックスなただのSMだ。 しかし、その一つ一つにキツさを感じさせ、春斗は自分では無いのに体中が痛く感じる。 途中から痛みに泣き出したユカの顔は、最初の強気な微笑みとはまるで違う。 清太郎はその顔を見つめながら真っ赤な蝋燭に火をつけると、ぐちゃぐちゃの顔を手で掴み、顔面をフロアーに向けさせてその顔にローソクを垂らしていく。 一般的に考えると最悪であるが、最悪であるからこそ春斗にはたまらないものがあった。 可愛らしいユカの顔が見るも無惨になっていく。 ローソクは低温らしい、熱いという雰囲気では無くただ赤く汚れていく様だった。 縄を解かれて床にぐったりとするユカは慟哭をあげていて、春斗もつられて泣きそうになる。 他の観客もユカの被害者そのものの姿に心を奪われていた。 清太郎はある程度ほったらかした後に、動けないユカを抱き上げてバックヤードに引っ込んでいった。 春斗には、清太郎に抱き着こうとして辞めたユカが目に入り、もしやビジネスSMの清太郎に、ユカは片思いなのだろうかと、春斗は想像して胸がギュッと締め付けられた。 「仕事は終わりだ。帰るぞ。」 暫く引っ込んでいた清太郎が戻ってくると、腕を引かれて強制的に店を連れ出された。 「ユカさんとのショー素敵でした……」 タクシーに乗せられて、やっと口を挟んだ。 清太郎は大きなため息をつく。 「疲れた……」 「お疲れ様です。」 「ユカの方が大変だと思うけど……」 「痛そうだし苦しそうだしキツそうでしたね。」 「痛いし苦しいしキツかったと思うよ……あと、あいつのパートナーが居た……他に受けられる子が居なかったから仕方ないけど、心底居た堪れない……」 「え!?清太郎さんが御主人様じゃないんですか!?」 「店の子に手出したりしない。」 「そうですか……結構妄想してときめいてたのですが……」 清太郎は微かに笑っただけだった。

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