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真昼のM女

春斗はお使いで銀行の用事を済ませ、お昼ご飯を調達し、ゆっくりとビルに囲まれて狭い空を眺めながら店に戻る。 平日の昼間、ランチタイムで外に出ている人が多い。 路面店のレストランでもランチのテイクアウトをやっていて賑やかだ。 「お前自分の立場わかってんのか!!」 長閑な昼間にはそぐわない、威圧的な男性の怒鳴り声が聴こえる。 声の主を探すと、オープンテラス席でガシャンと音を立てている男が目に入る。 そこそこの身なりで歳は50代後半といった所、向かい合っているのはもっと若い女性だ。 痴話喧嘩の様にも見えるが、男性は興奮し過ぎである。 言い返さない女性に、店員が駆け寄る前に手が出た。 バチンと小気味の良い音がして、女性は椅子から転がり落ちた。 そして立ち去ろうとしている。 春斗は驚きつつ、女性に目を向けると、女性はユカだった。 頬を抑えて地面に座っている。 男は振り向きもせずに歩いて行く。 「ユカさん!?」 駆け寄ると、少し驚いた顔の後にへにゃりと笑う。 店員も助け起こそうとしている。 店員さんの手を借りてケロッと立ち上がると、すぐにユカは店員さんに頭を下げ、周囲のお客さんにも謝った。 「春斗さん偶然ですね!お恥ずかしい所をお見せしてしまいました……」 「いやいや、いやいや、え、どうしたんですか大丈夫ですか!?」 「大丈夫ですよぉ、わかってるでしょ。」 悪戯顔である。 「あああ、あの、よかったら僕の働いてる所近いので!寄りませんか!!いや、寄ってください!」 「うふふ、本当に大丈夫ですけど、春斗さんのお店はとても気になります!とりあえずお会計をしてきますから、少し待っていてくださいな。」 店員は今日は良いですよと、そんなわけにはとの押し問答の末に、お金は支払って保冷剤を貰って出てきた。 「ユカさん本当に大丈夫ですか……」 「この位は本当に大丈夫です、まさか外でやるとは思いませんでしたけど……」 「さっきの男性は、パートナーさんとかなんですか?」 「そうです、そうなんですけど、関係を解消したいというお話をしていました。」 「それで人前で叩かれたんですか……プレイじゃないのに……」 「そうなんですけど……残念ながら私は比較的ダメな人が好きで……」 春斗は白目を向きそうになる。 確かに自分が殴られたら、ときめくが、時と場合にもよるし、女性がプレイでもなく殴られているのは、心臓に悪い。 「よく、SMは愛があるとか、本当のSはサービスのSだとか言う方居るじゃないですか、私はお店ではS様のお役に立ちたいとか言っていますが、本当はそういうのはと違ってて、もっと惨めで、もっとどうしようもない感じ、クズを甘やかして何でも従って調子に乗らせて良いようにされる事で興奮してしまうんですよね……それが間違ったSMと言うなら私が好きなのはSMじゃないんじゃないかと思います。」 饒舌さが良いことなのか悪い事なのか春斗には判断がつかない。 「それ言ったら僕だってSMじゃないかもしれない……もしご主人様がサービスばかりしてしまったら、僕は僕の落ち度だと思うんだ……愛する事を許して欲しいけどさ。」 「少しわかります……でも、やはり公共の場で人様を驚かせたり怖がらせてはいけないですから。そのラインぎりぎりで踏みとどまるか、もしくは抗い続ける人が理想ですね。」 「それは同感です……」 「彼が私に対するのと同じ事を今後女性に求めないと良いんですけど……通報されるか訴えられてしまいますよ……」 春斗はゾゾゾと背筋が冷える思いをした。 お店に到着する頃になると、ユカの頬は目に見えて腫れてきていた。 相当強く叩かれていたのだろう。 店番をしていた深月も驚いていたが、事情を話すと、程々にね……と言って商品の紹介をしていた。 「実は私服飾の学校を中退してるんですよ。」 「通りで!採寸の手際が良いわけだ!」 「挫折して中退ですから良くないですよ……ただ、きちんと勉強した方のお仕事を見てるとやっぱり楽しいですよね。」 「ユカちゃんこれ着てみてくれない?女の子が来る事少ないから、着てる所見たくて。」 深月が趣味で作ったイブニングドレスを持ち出してきた。 「うわぁ……美しい……生地が……いい!!」 「サイズ的にも合いそうだから。」 「珍しいですね、百合さんサイズの物作る事が多いのに。」 「うん、妹のサイズで作ったんだよ。」 「妹居たんですか!?」 「死んじゃったけどね。」 「すみません……」 「いえいえ。」 試着室から出てきたユカは、わざわざ髪に編み込みが増えていた。 アンティークローズの様な優しくくすんだピンクのオーガンジー生地で、胸元から腰にかけてのドレープ、その下にストンと落ちるギャザーのAラインドレスだ。 色白の肌によく馴染む。 「レッドカーペットみたい!」 「ドレスなんて、学校にいた時でも着てないです!凄い!」 春斗はいそいそと一眼レフカメラを持ってきて深月に渡し、撮影会が始まった。 「顔が腫れている事を後悔してしまいました……」 「それはそれでなかなか良いと思うんだよね、完璧すぎると面白くないから。」 深月は時に前衛的な美的感覚が出てくる事がある。 嬉々として顔のアップまで撮影している。 実は変態なのでは無いかと、春斗は少し思った。 「あ、そうだ、清太郎がもう少ししたら来るよ。」 「本当ですか!!」 「うん、昼用のストライプのスーツの外ポケットに穴開けたから直し。やっといて。」 「わかりました。準備しておきます。」 何かに夢中になると仕事そっちのけになる所を、春斗は好ましく思う。 「ユカさん、鬱陶しくなったら言ってね、止めるから。」 「凄く楽しいので大丈夫です!!」 深月は何着作ったんだか、次から次に色々な服を出してくる。 春斗はその姿を眺めつつ、妹を想って何着も服を作っているのだろうと思うと、胸が痛んだ。

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