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羨ましさ
「これは何事だ……」
「セイ様!!!」
「何でここにユカ……顔!またか!!」
「せいさまぁ……」
ユカはもじもじし始め、そして、泣き出してしまった、正に堰を切ったようにだ。
ユカは多くの仮面を持っていて、プロのM女としての顔、ダメンズメーカーの顔、ただのマゾの女の子としての顔、春斗は知らないもっと色々な顔があるのだろうし、今泣き出したのは、極めて純粋でシンプルなマゾの女の子だと思う。
「ハイハイハイハイ、今度はどうしたのさ……」
「あの人とお別れしたいとお話をして、その時に引っ叩かれて、それでたまたま近くを通りかかった春斗さんに拾って頂いて、深月さんに遊んで頂いていました……」
「本当に自分から別れたのか!成長したじゃないか!!凄い事じゃないか、偉いぞ!クソヤバ趣味悪いバカマゾの癖にびっくりだよ。」
「言い方がひどいです……」
「今まで出来なかった事やって、凄いし偉いと思ってるのも本心だよ、よく頑張ったな。」
「せいさまぁーー」
メイクが涙で若干溶けていて、スーツが汚れるのも構わずに、清太郎はユカを胸に抱いてなだめた。
それは、ショーの終わりの様な光景だ。
ユカのパートナーが来ていたとうんざりした顔をしていた清太郎の言葉を思い返し、春斗は感慨深くなる。
プレイはずっと続いていたのかもしれない。
SMプレイは関係性とも言われる、主従でも恋人でも友人でも家族でもない、SとMのやり取りだ。
春斗は胸が締め付けられる思いがする。
これは、清太郎とユカのショーを見たときよりも強い、羨ましいという気持ちだった。
「セイ様、ありがとうございます、私情でお休みの日まで面倒かけてごめんなさい。セイ様にお会い出来て、スッキリ出来ました。」
「構わないよ。メンテナンスは大切ですから。」
「メンテナンスされました!」
ユカは、やっと何の違和感も無い屈託の無い顔になった。
「深月さんも、春斗さんも、本当にご迷惑おかけしました、ありがとうございます。」
「私達は何もしていませんから大丈夫ですけど、その顔でとりあえずこっちのワンピースを……」
「深月さんってデリカシー無さすぎませんか……」
「君達の性癖を受け入れてるんだから、私の趣味も受け入れてほしいと思っているだけです。」
「喜んで着させていただきます!!」
「春斗はこっち。」
清太郎はスーツの胸ポケットを指差す。
そこにはペンが突き抜けたであろう穴が空いている。
「ド目立ちますね……肩にファンデーションが……これはクリーニングにすぐ持っていきます、今日はこれ以上破れない様に補強して、後日直して連絡しますね。」
「わかった。」
「ここボタンも付け直しておきますね。」
「ありがとう。」
「この後お仕事は?」
「もう終わり。今日は直帰。」
「ならお着替えは要らないですね、もし肌寒かったら上着お貸ししますよ。」
「もう暖かいから要らないよ。」
「かしこまりました。」
春斗は、破けを直すかけはぎのやり方を思い返しながら、今日出来る事を次々にやっていく。
「あの……そんなに見られたら落ち着かないのですが……」
「だって凄い早くて正確だから、見てて気持ちいいじゃないか。」
「仮の当て布なので正確では無いですよ。」
「裁縫出来ない人間からしたら正確なんだよ。あと、少し元気がない気がして気にしてる。」
「そんな事無いですけど……」
「そう?それなら良いけど。」
「嘘です、少し元気がないかもしれません。」
「どうして?」
「ユカさんはとってもリアルに感じて、僕はただの憧ればっかりだから。結末はどうあれ羨ましく感じます。」
「もっとプレイしてみたら良いじゃない。SMクラブでもバーでもプライベートでもどれでも良いし、全部でもいい。」
「そうですね……」
「それで、ぴったりハマる人に出会えたら幸せだよね。それは1人目かもしれないし、100人目かもしれないけど。」
「清太郎さんはぴったりの人が居るんですか?」
「過去も現在も全員足してぴったり。」
「今も何人もいらっしゃるんですか?」
「遊び相手はね。パートナーでは無いだろうね。」
「パートナー作らないんですか?」
「出来たら楽しいだろうね。」
話している間に、応急処置は総て終わった。
出来たら楽しいだろうという一言に、春斗の心は明るくなった。
嬉しくなってから、その事にドキリとした。
沢山のM女性に慕われているのは当然で、男の癖に浅ましいマゾめと自分を窘めた。
そしてユカと清太郎は二人連れ立って帰っていった。
深月は春斗と二人きりになると満足そうに写真を眺めている。
「深月さんってやっぱりこっち側の人間なんじゃないんですか?女の子の腫れたり泣いてぐちゃぐちゃの顔が好きなんて、どう考えてもやばいですよ。」
「そんなこと無いよ。見る人にさ、この人にどんな事が起きたのか想像させる様な作品が楽しいんだ。」
「どう違うんです……」
「痣とか傷とか、そういうのは絵面として嫌いでは無いけど、与えたいとは思わない。自分が与えられたいとも思わない。あと、ただの嫌な怪我より、何かの楽しみになった怪我の方がマシな気分にならないかな?君とユカちゃんはそういう質だと思ったんだけど。」
「おっしゃる通りですね……深月さんは紳士だな……僕は連れてきたけど何も出来なかった……」
「人間にはその時々に役があるんだと思う。君は今日、連れてくるという役だったというだけだよ。充分だよ。」
「そんなものでしょうか……」
「きっとそんなものだよ。そういうことにしとこうよ。」
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