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リアル
BLOOMを目の前にした春斗は、初めて足が竦んだ。
考えてみると、清太郎は毎日出勤しているわけではないのに、出勤日を確認していない事に気が付いた。
居たとして話すタイミングが無かったり、物凄く忙しく、相手してもらえる時間が無かったりしても、それはそれで仕方ないと思う、しかし、何よりも胸がざわつくのは、寧ろ、清太郎が目の前に居て、思いの丈をぶつける事そのものだ。
立ち止まってるのに息が上がってくる。
晩夏の涼しい夜風が冷や汗を更に冷たくしていった。
ポンポンと肩を叩かれ、振り返ると、二人組の警察官と目が合い、繁華街の職務質問は、単独男性にとりあえず声をかけてくるが、不審だったことは確かで、特に時間が無いわけでも無いし、大人しく身分証明書を差し出した。
警察官が立ち去ると、ビルの上の方から笑い声が響いた。
「春斗!夕飯付き合ってよ!」
当にそれは天から舞い降りる清太郎だった。
下世話な繁華街において、実に神々しいものだと、春斗は半泣きで上を見上げていた。
今この時間、この場に清太郎が存在したのだ。
考えつかなかったが、残業無しで仕事を終えて直行してきたがまだ開店時間ですらない。
普通は仕事を終えて夕飯を軽く食べた位の時間から、飲み屋はスタートするのだ。
緊張のあまり食欲を感じていなかった。
清太郎に連れられて、近くのイタリアンレストランに行った、そこは個室になっており既に予約されていた。
「お客さんと同伴の予定だったから予約してたんだけど、体調崩したみたいでね、助かったよ。何食べる?お酒飲む?」
呑気にメニューを差し出される。
野菜サラダからつまみからパスタにデザート、質問されて答える事を繰り返す。
「様子がおかしい。どうした?」
早々にワインを飲む清太郎に訊ねられる。
「青天の霹靂というかなんというか……清太郎さんに会いに来たら清太郎さんとご飯を食べている現実に半端じゃなく戸惑っています。」
「あら、俺に会いに来たの。ありがとう。何か話があるの?」
「あ、深月さんからの伝言が半分です、ユカちゃんに手伝ってもらいたい事と、雇用形態の相談がしたいそうです。」
「ああ、ユカは本人次第だけど多分喜ぶんじゃないかな。本当は服飾やりたかったはずだし、昼職出来るならした方がいい。雇用形態については後で連絡しておくよ。雇用について希望があれば今聴いておくよ。」
「特に今のままで待遇は満足で不満は無いですよ、まあ、いずれ正社員になれたらラッキーだなあとは思っていますね。保証的な面で。離れる気もありませんから。でも、お店の経営状況で無理にとは思わないです。自分で頑張れば稼げるので。」
清太郎は深く頷いた。
「それで、もう半分は?」
ドキリとしてみるみるとアルコールが頭に回ってくる。
断られても仕方ない、仕方ないと心に唱える。
「清太郎さんに遊んで欲しくて……」
「いいよ。」
割とあっさりと承諾される。
「何して遊ぶ?隠れんぼとかする?鬼ごっこは疲れそうだな、ユカも呼ぶか。」
「そうじゃなくて……!!」
「じゃあ、何?」
サラダを口に運びながら、鋭い眼光が突き刺さる、口元はニヤリとつり上がっている。
音のない悲鳴の様に、春斗の口からは細い息が漏れた。
「縛られたいです……」
「うん、それと?」
「噛まれたいし、鞭で打たれたい、けど、本当は清太郎さんの好きにしてほしい、本当に好きなプレイを知りたいです。」
清太郎は苦笑いをしている。
「お店の姿は本当に好きなプレイじゃないって思ってたんだね。」
「好きの一部だろうなと思ってはいますけど。」
「アルコールはその一杯でやめておく事をおすすめするよ。」
「はい。」
「今日は、好きにする。途中で無理なら、もう帰るって言って。」
「わかりました。」
味がよくわからないまま食事を終えて、連れ立って店に向かった。
この後遊んでもらうんだと考えると、緊張で上手く歩けず、一歩後ろを猫背でトボトボとついていく様な状態になっている。
前から清太郎の香りが漂ってくるので、はぐれずに歩いていることだけはわかった。
清太郎はドアを開けて初めて振り返り、たじろぐ春斗の腰を捕まえて、ゆったりと中へ押し込んだ。
「ここまでは、帰らなかったね。」
「ひぐっ……」
変な声を出しながら、店に足を踏み入れた。
もう、引き返せない。
既に賑やかになっている店内は、いつもと少し様子が違う。
「今日は非公式の咲様のゲリラ同窓会と化してるんだ。」
「そんな日が……」
「そう、昔からのM男さんを初め、引退した女王様やS男性やM女性の集まり。」
「日を改めた方が良いのでは……」
「今更……?」
楽しそうに笑う清太郎に腰を掴まれたまま店の奥へと連れて行かれる。
店内を観察すると、少々年齢層も高く、普段よりもボトルやシャンパンが多い。
「セイちゃん後で飲みにおいで〜」
「セイちゃん立派な大人になったなー!」
「セイちゃん若い頃のお母さんに似てきたな〜」
かけられる声は、ただの親戚のおじさんのようだった。
「後でゆっくりね!それまでに潰れないでよ爺さんたち!」
清太郎の返事もかなり砕けた悪態だ。
「さて春斗、服をぬぎな。」
向かい合って立つと、少しだけ春斗の方が目線が高い。
店の隅とは言え、オープン空間で脱げと命じられ、春斗はおずおずとベストのボタンを外す。
じっと見つめられる目を見ていれば、周りの喧騒などまるでないように、唐突に春斗の世界は清太郎しか居なくなった。
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