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新しい風
後日ユカがLong Tailにやってきた。
深月と話をするためだ。
珍しく緊張しているユカは、白いシャツの上に黒のジャンパースカートで、豊満なバストをお嬢様学校の制服に隠している様な艶めかしさを感じる。
深月のストライクゾーンをバッチリ決めて来ている。
会うのは二度目ながら、流石と言える。
「改めて、繁忙期だけでも手伝ってくれると嬉しいんだけど、ミシンとかブランクある?」
「このジャンパースカートは先週作ったものです、パターンは市販のを修正して全体で3日位です。中退ですから素人と何も変わりませんので、即戦力になれる自信は正直ありません……」
「見せて。」
立ち上がってスッと深月の前に立つ。
緊張して肩が上がっている。
「市販のパターン使ったわりには丁寧に作ったんだね。ハンドメイドなのに裏もつけてるし。かなりアレンジした?」
「そうですね、バストからアンダーにかけて、そこからウエストのカーブはかなり修正しました。」
「で、ヒップの厚みからの裾下がりは修正し忘れた、と。」
「仰る通りにございます……」
「いーんじゃない!」
「はぁ……」
「どう直したいみたいな理想は感じるから。身体のカーブをどう包みたいか、その理想はオーダーメイドには必要だし。もし長く働いてくれるなら、一緒に勉強していこう。寧ろ何か本当にやりたかった事あるの?」
「ランジェリーです!」
「じゃあ、先生を紹介しよう。出来るようになるまでは、主に春斗くんの補佐をしてね。」
そこからは細かい時給などの話になっていき、何となく耳をそばだてていた春斗は、ユカがランジェリーを作れる様になったら、作ってもらいたいデザインなどが一気に頭を駆け巡る。
ランジェリーは特殊な技術である。
スーツフェチの深月、ボンテージ狂いの春斗、ランジェリーオタクのユカ、完璧の布陣が完成した。
「今日もこのあと暇なら春斗君に物の場所とか仕事教えてもらっても良いよ。」
「良いんですか!今日はBLOOMはお休みなのでよろしくおねがいします!春斗先輩!」
「いやいや、先輩は辞めてよ。」
「いえいえ、先輩は先輩です。立場は大切な事です。ありとあらゆる意味で。」
「わからんでもない。せめて今まで通り春斗さんにして欲しい!」
深月は満足気に眺めている。
春斗には深月の思惑や理想や計画はわからないが、好きなことをやらせてくれるという点も、センスの点も、この人以外とは働きたくないと思っている。
店のベルがカランカランと鳴る。
「皆さんお揃いで。」
スーツ姿の清太郎が現れ、聴いていなかった春斗の心臓はドキッとしてジワっと全身に血が流れる。
「清太郎様!」
ユカの元気な声に、場所と呼び名を分ける優秀なマゾ性を感じ、春斗はしっかり見習おうと思う。
「おしい!様はやめておくれ。」
見習ってはいけなかったと思い直す。
「清太郎さん、お疲れ様です……」
少々バツの悪いユカがかわいい。
こんな癒やし系が職場に居て良いのだろうか、変態だけど。
「深月、上で話そう。」
深月は頷いて、二人は出ていった。
二階は何かの事務所が入っていたが、先週出ていって空室になっている。
清太郎はここのビルのオーナーである。
春斗はユカに物の場所を粗方教え終えて、次に職業用ミシンの使い方の復習に入る事にした。
実際、ユカは学生時代に購入した職業用ミシンを自宅でまだ使っており、直線縫いはただの確認でしかない。
寧ろ、ゆかの方が機種が新しかったりする。
ボンテージを縫う為に多用するロックミシンは流石に所有していない様で、カンを取り戻す為に端切れで幾度となく練習している。
春斗はそれを眺めながら、ブランクがあるにしてもかなり器用で上手い気がする。
「ユカさんは何で中退してしまったんですか?」
「親が事故で他界致しまして、生活費と弟の学費の為にと水商売に足を踏み入れたら楽しくなってしまい、我が天職はここに!と、学業を投げ出して没頭しました。しかし、両親の残した物もありましたし、弟がしっかりもの過ぎて、家計の管理から家事をこなし、返済不要の奨学金で進学し、私はただの自己満足に……」
「ご苦労されたのは確かではないでしょうか……ご両親にはお悔やみ申し上げます……」
「ありがとうございます。」
小一時間の練習だけで、感覚を取り戻した綺麗なミシン捌きを見ながら、ユカは思った以上に味わい深い人だと春斗は思った。
実際、深月が調べた情報によると、在学中はかなり成績が良かった様だ。
ユカには完成品の包装などをお願いし、雑談をしながら過ごす。
深月と清太郎はいつまでも戻ってこない。
話を聴くと、ユカの弟は本当に優秀な人の様で、現在は誰でも知っている様な機械系のメーカーで何某かの開発者をしているらしい。
春斗は聴いてもよくわからなかったが、きっと凄いに違いないと思った。
日が暮れ始め、そろそろ片付けようかという頃になって、やっと生き生きした顔の深月と、複雑そうな顔をした清太郎が下に降りてきた。
「事業拡大をしたいと思います!」
朗らかな深月の言葉は寝耳に水で、春斗は首を傾げだ。
「具体的には、二階フロアに知り合いの小さな縫製工場を買い取って入れます。そして自社ブランドをやります。この一階は今まで通りオーダーメイドがメインで、好き勝手やって稼いでください。因みにこちら出資者様です!」
喜々とした深月は、うんざりした顔の清太郎に拍手を送る。
「まあ、でも、僕の理想は皆楽しく生きようなので、二人の給料も上げられるかもしれないし、頑張るね。」
かくして、Long Tailは思いもよらぬ方向に進んだのであった。
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