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深夜の男襲来
清太郎とこの男が出会ったのは、女性向け風俗店としてM気質のある顧客について理解を深めたい。
という、至極真面目な理由でBLOOMにやって来たのが始まりだ。
清太郎は持てる限りの言葉と態度を使って男の性癖を引きずり出した。
その行動そのものが男にとっては勉強になったと思っているが、引摺り出されたのは本人もあまり自覚の無さそうな軽度のスカトロ気質だ。
基本的には紳士で、心底から女性が好き。
女性の醜さ、人間らしい汚さも総てひっくるめて愛おしく想える。
そんな稀有な女性崇拝者である。
その気質は、女性は絶対的に素晴らしく美しい上位の存在というマゾヒズムへは向かず、風俗店へとたどり着き、女だろうが男だろうが一般的には触れられたくは無いだろう排泄物や排泄器官への愛着に向いた。
そして、清太郎に対してはお互いの「お客さんにはとても見せられない。」という利害の一致による性欲処理関係になった。
男の家から戻った清太郎は、ボケた顔でスヤスヤ寝ている春斗を眺める。
仕事終わりからここまで、子供の様な早寝っぷりだ。
普段ならば明け方まで仕事をしている清太郎には、往復ニ時間かけて一時間のセックスをして合計三時間浪費しても、まだてっぺん程度で早いのだ。
「ん……?セイ様おかえり……」
「起きてたのか?」
「寝てましたよ……トイレですか?」
「そうだよ。」
「口使ってくれたら良かったのに。」
パカッと口を開いて言われて、おかしくて笑う。
「バカな事言ってないで寝ろ。」
「はーい」
ごそごそと清太郎の布団に潜り込んで、無理矢理腕枕をして抱き締める。
「暑苦しい……」
「ですよねぇ……」
大人しく離れて、春斗はすぐに眠ってしまった。
清太郎は、一瞬の暖かさを拒否した事を少しばかり後悔しながらも、これで正解なんだと言い聞かせて瞼を閉じる。
翌朝、昼夜逆転気味の清太郎は眠気に負けて車の鍵を春斗に投げ渡した。
「免許持ってる?」
「持ってますよ。」
「家、ナビ通りに頼む。」
「ウィンカーとワイパーが逆のやつじゃないですか……」
「そうだね。大丈夫、ちゃんと任意保険がっちりだから。」
「そういう問題だろうか……」
意を決して運転席に座る。
走り出してしまえば、その心地の良さに感動した。
「さすがドイツ車、滑らかなふりして加速がなんか無骨!!」
「そうかね。」
「BDSM大国だからドイツ車なのですか?」
「いや、父親の方針。安全センサーやオートブレーキがいたれりつくせり、人を轢かない事が重要らしい。車好きなの?」
「田舎出身なので、先輩のシャコタンで連れ回されてた程度です。自分が運転してたのは家庭用のワンボックスカーですし。」
「俺の友達はだいたいドイツ車だな……いけ好かないイタリア車のヤツも居たかな。オタク気質のヤツはスウェーデンか。」
「格が違う。僕の周囲は中古の国産魔改造野郎達ですから。」
貴族と召使いという構図を考え、春斗は清太郎を本当に最高の生き物だと思う。
しかし、あまりにも価値観が違いすぎると、現実では重宝されなくなるかもしれないという恐れも抱いた。
オーディオから流れているのは、どこぞのヨーロッパの民族音楽で、春斗は特に話題を見つけられない。
何か話さなければと思ったが、信号でふと横を見ると、清太郎は眉間に皺を寄せた苦悶の顔で眠っている。
初めて会ったうたた寝する女神とは思えない、見事な苦悶っぷりだ。
どれだけ忙しいのだろうかと、春斗は心配になる。
小豆アイマスクや肩パットを縫ってあげようと心に決めた。
清太郎のマンションに来るのは初めてで、地下駐車場に滑り込むと、半分は国産、半分は外車である。
「清太郎さん、つきましたよ!」
ゆすり起こす。
「おぉ……はちばん……」
「はーい」
8番の駐車スペースにとめる。
バックモニターは便利である。
初めて運転する車でもちゃんと駐車出来る。
清太郎は怠そうに車を降りるが、鞄も持たずに降りてしまった。
「セイ様荷物!」
「もってこい。」
「はい!」
慌ててかき集め、エレベーターに乗る。
清太郎は眠そうに欠伸をしながら、最上階へ。
静かなマンションだなあと思う。
人の気配があまりしない。
最上階は二部屋しか無い様で、表札も無い。
「隣は咲様のお部屋だよ。」
「なるほど、実家フロアーなのですね。」
「そんなところ。ここ建てたのは割と最近だけどね。」
「確かに新しい。」
「音大生向けの、防音マンションだよ。SMし放題だ。不動産は親父と共通の趣味だけどな。」
「そんな事までやってるんですね……忙しいわけだよ……」
「仕事するの好きなんだよね。」
清太郎が生体認証を操作していると、隣の扉から咲が出てきた。
「せいちゃーん、朝帰りー?あら、あら、やだあーー」
すっぴん眼鏡に、ネグリジェにガウンを羽織っただけの咲に、春斗は心臓が飛び出るかと思った。
清太郎を柔らかくした様な精悍なすっぴんだった。
「春斗くん来てたのね、連絡してよー恥ずかしいじゃないの。」
「母親にデートして同伴朝帰りするっていちいち連絡する三十路手前の息子ってどう思う?」
清太郎は春斗に向かって質問をする。
「かわいいわよね?」
「いやーどうでしょうね、どうでしょう。他所のご家庭の事はちょっとわかりかねますが……我が家なら阿鼻叫喚ですね。きっと。お邪魔しております。」
「うふふ、いらっしゃい。後で話があるの、春斗くんの居るうちにね……着替えたら行くから珈琲いれて欲しいの。」
「ハイハイ。」
そんなやり取りをしていると、エレベーターがチンと音をたてて開く。
「あんれー清太郎今帰ったところ?咲さんもおはよう。」
清太郎は、昨夜身体を重ねていた男から発せられるわざとらしい台詞に苦笑いをした。
どう考えても、春斗がどんな奴か見に来た野次馬である。
「このまえ、忘れていったパーカーを届けに来たんだ。」
「わざわざすまないね。」
「この子は新しいM男くん?」
「そうだよ。」
薄っすらとお互いに笑う清太郎と男、戸惑う春斗、それを眺める咲。
「はじめまして。春斗と申します!」
「修羅場?修羅場になるの?」
咲は中年女性らしく、空気を読まないという選択をした。
「咲さんや、今のはとても秘事を仕事にする女性の発言とは思えませんよ。」
「息子を誂うのは私の生き甲斐なのよ。」
「春斗、こちらは……」
「知ってます!!女風のケイさん!!」
「何で知ってるの……?」
ケイ本人が呆気にとられてしまう。
「え、セイ様のフォロワーの知り合いかも?にいらしたのでお友達なんだなあと思っていました。それに、先月末に美容院で読んでた女性誌で女風特集やってたやつに出ていましたし。女性への接し方とか、接客についてとか、インタビューがとても良かったので自分でも買っちゃいました。」
「ありがとうございます。まさか男性にそう言ってもらえるとは思っていなくて、驚きました。」
「女性上位主義者としては、実に感銘をうけたんですよね。」
「え、女性上位?清太郎のM男だよね?」
「女性上位ですけど、セイ様はセイ様で、もはやセイ様でさえあればなんでもいいです。大好きなので。」
当たり前のトーンで語られる言葉に、ケイは感心し、咲はニヤニヤし、清太郎は微妙な気不味い顔をした。
「春斗くん、清太郎の方も案外君のことが大好きだと思うよ。それじゃ皆さん、俺はこの辺で。失礼します。」
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