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季節外れの冷やし中華

盛大に寸止めをくらったまま食べる冷やし中華は、存外美味しい物だった。 「セイ様はドエスですねぇ……」 「ドエスって言われるのちょっと気持ち悪い……」 「間違いなくドエスじゃないですか……」 「ドってなんだろうね……俺は切断とか五寸釘打ち付けるとか焼印みたいなプレイは無理だからドじゃないと思う。普通のちょっとしたサディストだと思う。やっても針かタッカー位かな。」 「そんなの僕も無理です。僕もドエムかと言われると、黄金プレイも未経験ですし。ヘタレマゾです。」 「ドヘンタイですって言うのは良いのか?」 「あれはなんか言ってて興奮しましたね。」 「不思議だよな……」 他愛もない会話を楽しみつつも、春斗は清太郎の一挙手一投足にゾクリとする。 繊細な箸の持ち方、器用に箸先で野菜と麺を一緒に掴み、綺麗な唇に運ばれて、綺麗な並びの歯の奥に飲み込まれていく。 「はぁ……冷やし中華になりたい……」 「冷やし中華はやっぱり寒かったな。丁度三個残ってたからかたづけたかったんだけど。食われたいの?」 「食われたいです……」 「食後のデザートにしてやろう。」 「いやいや、とても嬉しいですけど、流石にセイ様が疲れちゃいますから今度にしましょう。お仕事でもSMしてるし、他のパートナーさんも沢山いるだろうし、昨日からずっと遊んでもらってますし。」 清太郎はキョトンとした顔で首を傾げている。 その態度が何を言わんとしているのか、春斗には推し量れない。 春斗の方も首を傾げる。 「お前変わってるなぁ。本当はやってほしいのがダダ漏れで気を使ってるのはあるけどね。本気で言ってそうに見える。」 「えぇ……あぁ……うーん……あ、僕はM男だからではないでしょうか。今までのお相手は女性なので、体力の違いが心配になるし、もう話しかけて頂けるだけで嬉しいのに一晩以上一緒に居る……」 「あぁ、長く女の子と遊んでたから忘れてた、確かにそうだった。」 「最初の方ですか?」 「最初といえば最初、かな。」 「どんな方ですか?」 中学生の清太郎は、既に男性に恋をしていたが、彼女が居たほうが良いのでは無いかという社会性の為に、手近に居た家庭教師の女子大生を口説いて奴隷化したのが母親にバレ、家庭教師はBLOOMに勧誘され、二人共真っ当に変態をしろと母親に諭されるという辛酸を嘗めた。 その人が最初といえば最初かもしれない。 しかし、そんな事よりも真っ当な変態とは何かという疑問と共に、その時初めて薄々気づいていたとは言え、母親の職業と性癖に唖然としていた。 咲にぞっこんとなった彼女は大学卒業と共に泣く泣く地元に戻って行ったらしいが、その頃の清太郎はまだBLOOMへの立ち入りが出来ない年齢であり、清太郎もその羞恥を誤魔化す様に部活のバレーボールに打ち込みたまに掲示板で知り合った男性を騎乗位で犯す程度の健全な高校生活に満足していた。 セッターというコートを支配する役割は彼を大いに楽しませた。 大学生になると、咲は清太郎にBLOOMの扉を開いた。 目を離すとろくなやり方しない気がする、という理由で、母として負わなくても良さそうなデリケートな部分まで責任を負う決意をした。 店に立つようになって、咲を慕っていたM男の一人が縄や鞭やその他諸々の練習にとことん付き合ってくれた。 十代の清太郎はこの人こそ追い求めたマゾの姿だと、純粋無垢に思った。 何でも従う、唯一無二の存在、関係はエスカレートしていく、相手は既婚者であるのに、性処理奴隷と化した。 それは命令という魔法の言葉があればお互い欲に負けるダメな質だったからだ。 相手の妻に子供が産まれた事で、別れを切り出された。 その時の言葉は清太郎にとって、従ったのはお前だろ……と言いたくなる様な身勝手なものであり、清太郎は感情の処理が出来ず、崩壊した。 突き止めた産院に向かう途中で咲とM男集団に捕まり、強制的に連れ戻される。 M男達は口々にそうしたくなる気持ちは仕方ない、でもSMが好きなら実行しちゃダメだと清太郎を説得した。 彼等が非公認同窓会の面々である。 彼等にとっては今や笑い話であるが、清太郎にとって、春斗の存在は彼をリアルに思い出させる。 その事件で店に顔を出さなくなり、適当にその日の性欲を解消する様にSMから離れ、セックスに現を抜かす。 しかし、セックスでサディズムが満たされるわけではない。 生活が乱れている清太郎に、咲は責任を感じて微妙な関係になっていく。 好きな相手の話も、性の話も、学校や将来の話も、なんでも打ち明けてきた母親から清太郎は離れていった。 その時、父親だと名乗り出て、空気を変えたのは既婚者で咲に従属していたM男の一人だった。 彼は他のM男達から咲様を抱きやがった抜け駆け野郎お前なんかM男の風上にも置けないと、盛大になじられる事になり、我々全員が清太郎の父親の様な物だから調子に乗るなという不思議な和解をした。 清太郎は、非常識な人達だと思った。 しかし、常識とはなんであるかを考える機会でもあった。 ご丁寧に認知はされている事を知り、父親の正妻にバレてるんだか、バレていないんだか、清太郎自身にも隠しながら、父親不在のまま平穏に暮らしてきた事に大人達の底しれぬ執念さえ感じた。 しかし、世代が違えば許されない事は沢山ある。 今どき時代錯誤な愛人の子供とも言える。 ただ、一つはっきりしているのは、清太郎自身が幸福に育ったという事だ。 清太郎は、他人は全員生き生きと自分の生を全うしているだけの様に思えた。 清太郎自身は今思い返してみると、恥ずかしいを通り越してなんだか我が事ながら若さは尊いという気持ちがしてくる。 結局の所、惚れ込んでいたから思い出深い相手というより、自身の精神的な変化が印象深い、そんな相手だ。 「SMもセックスもしちゃうくらい良い男だったよ。」 「セイ様がセックスって言うと物凄くやらしい感じが……」 「なんでだよ。」 「セイ様は男性とのセックスでタチやっていたのですか?ネコやっていたのですか?」 「それ知ってどうするんだ?」 「今夜のおかずに……」 「逆に妄想するならどっち?」 「どっちでも興奮しますよ。自分が本物ペニスに犯し潰されるのも良いし、セイ様が満足するまでご奉仕に腰を振らされるのも良いし、男性でも女性でも他の人はセックスしてもらってるのに、自分はさせてもらえないのもクソ鬱なんですけど死ぬほど興奮する気がします。クソ鬱なんですけどね、現状想像したら既にクソ鬱ですよ……」 「実際の所は感じるんだろうな。まあ、教えないけど。」 「既に頭の中のセイ様がエロすぎて勃起してます。」 「ほぅ……」 「口が滑った……」 「食事中に勃起するとは、お行儀が悪いね。食べ終わった?」 春斗は残りの胡瓜一本を箸で弄び、まだ食事中であるという態度をとろうとした。 「俺、汁ひたひたの季節外れの胡瓜好きなんだよね。ちょうだいよ。」 「僕も大好物なので最後の最後の楽しみに……」 「俺の好物を自分で食べるのか?」 「くぅ……」 春斗は諦めて胡瓜を差し出した。 舌で箸をなめ取る様に、清太郎は胡瓜を食べた。 その舌に、言い知れぬ不安と期待をいだいた。

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