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日常

お互いに連絡しないまま、何日も過ぎていた。 仕事は順調で怖いくらいであり、その仕事を影で支えている清太郎を、春斗はほんのりと感じていた。 「BLOOMのセイさんに教えて頂いて。」 というセリフを何度も聴いた。 聴く度に、捨てられるかもしれないという怯えは、胃袋の当たりから喉元までをひりつかせる。 『咲様からの差し入れは今度な。』 具体的な約束の無い、今度を信じるしか無い。 「春斗さん、ランチ外でご一緒しませんか?」 普段は弟の手作りお弁当のユカには珍しい誘いであった。 「実はBLOOMのユリ様が、旦那様と一緒に近くでカフェギャラリーを始めたんです。」 ユリは最初にコスチュームを作らせてもらった女王様だ。 「是非とも、途中でお花を買って行きましょう。」 近所のお花屋さんで、八重咲きの百合を中心としたグリーンのトルコキキョウやアイビーやシダを使った白と緑だけのアレンジメントを作ってもらった。 ユリのスカッとした雰囲気にとても良く似合う。 Long tailから駅の反対側には小規模オフィスが沢山ある。 その中の一角の路面に、コンクリート打ちっぱなしの、カフェがあった。 季節によってはオープンカフェになる様なテラスがある。 ランチタイムを外した平日で、かなり落ち着いた雰囲気だ。 「ユリ様!開店おめでとうございます。お祝いが遅くなって申し訳ありません。」 「ユカちゃん、ありがとう。凄いかっこいいお花。」 女王様の時は不敵で、硬派なユリの微笑みに、ユカと春斗は二人で胸を抑えた。 「もうオープンして一月経って、今は誰の展示もしていないの。明日からまた展示が始まるから、良かったら来てね。ご飯は?食べていく?」 「頂きます!」 「ランチプレートしかないんだけどね。」 店の前の黒板は、毎日画家であるユリが手描きしている。 ユリが目配せすると、入墨とピアスだらけの白人男性が調理を始める。 男性はユリのパートナーであり、最近結婚したマゾである。 職業女王様にしては珍しく、隠さずにお付き合いを続けていたSMカップルだ。 「くうぅー羨ましい……」 春斗は唸りながら、M男を見た。 元々口数の少ないM男は誇らしげに見返して来る。 顔は雄弁だ。 「あれ、春斗さんは女王様を我が物にと思わないタイプの方かと思っていました。」 隣に座るユカが意外そうな顔を向けた。 「そうなんだけどね……いや、本音の本音で言えば、そりゃあ、羨ましいよ。無理に一対一を強請ったり、拗ねたり、我儘言ったりはしたくないって方が強いだけだよ。」 「なるほど。セイ様のたった一人になれたらな〜〜って思ったりしちゃうんですね。」 「うーーんーーいやーーー」 「歯切れが悪いわね。」 ユリは眉間に皺を寄せる。 「セイ様って、沢山のお相手やお客様がいるじゃないですか、そんな事思うだけでも烏滸がましいんですよ。」 「そういえば、逆にM男さんも色々な女王様と遊ぶ方が多いですよね?SMクラブやSMバーで。」 「そうね、特定の女王様って言ってても他に恋人や奥さんが居たりもするし。」 「男性の性というやつでしょうかね。」 ユリは自分の夫に目を向ける。 少し考えて、入れ墨白人M男は口を開く。 「そりゃ、SM関係無しに好き合えて、尚且SMも出来て、SMの趣向も合って、完璧な女王様なんて、悪魔に魂を売っても難しいと思う。僕の産まれた国はSMが結構有名だしSMの怪我への配慮もあるけど、昔は何処かで妥協してた。僕はユリさんに出逢った瞬間に祖国を捨ててでもユリさんに総てを捧げる覚悟をした。家族の為にドイツと日本の国交が断絶しないことを願うばかりだ。」 キリッとした顔をしてみせた。 「重い。」 「重いですね。」 「素晴らしい……」 「僕はユリさんが受け入れてくれたからここに居るけど、実際ユリさんからそう言われなければ、どんなに悔しくてもその他大勢の一人を貫くつもりだったよ。誰よりも便利になろうとは思っていたけど。」 「だいたい僕もそんな気持ちなんだけどね……この前、勝手に接吻してしまったので、捨てられるかもしれない……自分からはダメなんだよぉ……ハァアアア……捨てられるぅ……ううう……」 春斗は口に出してみて、改めて後悔の念に苛まれた。 「セイさんあんまり気にしなさそうだけど。それをネタにプレイしそう。」 「そうですねぇ〜」 「そんなこと無かったですよ……無表情で舌噛まれました。余程嫌だったのかも……」 「人間の気持ちなんて本人にしかわからないわよ。わかってほしいとか、言わなくてもわかるだろうなんて、愚の骨頂よ。セイさんとよく話すことね。」 「そうそう、たまにはプレイ無しでデートとかしてみたらどうですか?」 「そんなお時間取らせたくないですよ……」 「逆逆!毎回プレイありきなんて疲れてやってらんねー!お金貰ってるプレイなら別だけど。そうじゃないんでしょ?」 「寧ろ餌付けされますよ……」 「それなら、たまにはご馳走させてくださいってお誘いしてみたらいいじゃないですか!」 「何を……?」 「何を……って……?」 「セイ様の好物ですよ……」 春斗は再び頭を抱えた。 「こいつダメだな……」 「どの口が好きとか言ってるんですかねぇ?」 面倒見の塊の様なユカにまで、蔑まれてしまった。 「あぁ〜!ユリ様ァこのローズマリー入りキッシュ絶品ですぅ〜」 「そのかわいいおくちにいっぱい詰め込みなさい。」 「ユリ様に入れられたいですぅ〜」 「嫌らしいお口ねぇ」 春斗を放置して二人でキャアキャアと笑いながらふざけ始めてしまった。 思い返してみると、春斗はあまり清太郎の趣味も知らなかった。 由々しき事態であった。

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