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黒歴史

「深月さん、清太郎さんの好物を教えてください。」 「ウィスキーとか……?」 「ウィスキーの何です?」 「何でも飲むけど……そうだなぁ……イチローズ・モルトとかあると飲んでる気が……その時は国産の飲み比べにハマってただけかも。」 「ありがとうございます。食事は……?」 「ちまちました小鉢が多い和食が好きだね。女々しいよね。」 「趣味は?」 「仕事かな……高校生の頃はバレーボールやってたり、そういや一時は歌劇見たりしてたような気が……なんなの?」 「もっとよくセイ様の事知りたいなぁ〜って。」 仕事中にリサーチを始めた。 ユカからは呆れた顔をされながらも、全く衣服に興味が無いので私服はシャツにジーンズだけど、肌触りにだけは異様に神経質だと教えてくれた。 だから深月に仕事着を丸投げしているのか、と、納得する。 プレゼントするならカシミヤにしようと心に決める。 「仕事しなくて大丈夫なんすか……?」 内藤は山積みになっている仕事をほっぽりだしている春斗と、それを容認している面々に絶句する。 「大丈夫、大丈夫、春斗くんはイザとなったら3日くらい不眠不休で縫製するから。」 「慣れてますからね!!」 「そういや、あと15分後に一人急遽仕立てのお客様が来るよ。」 「早く言ってくださいよ!!」 「共有カレンダーにすぐ書いてください!!」 「ごめんごめん、今思い出したんだよ。」 ユカと内藤が慌てて準備を始める。 採寸表や、お茶や、ちょっとした事が細々と結構あるのだ。 ユカと内藤が来るまでは、来店してからシレッとした態度で慌てて準備を始めて待たせていた。 春斗はその騒ぎをよそに、素敵な和食を検索していた。 しかし、本当に素敵な和食はインターネットでは出てこない事を悟り、諦めて仕事に戻った。 やってきたお客さんは、とても大きかった。 腕や脚が丸太の様で、胸板もゴリラとみまごうばかりだ。 「あ、比留間さん!ご無沙汰しております。」 春斗は対応した事がある。 比留間はプロレスラーだ。 「久しぶりだね。現役を引退してからちょっと筋肉が落ちてね、寸法直して貰わないとみっともなくて。」 「確かに少し痩せましたね……」 深月は嬉々として合わせていく。 イレギュラーな体型にスーツを作るのは最も楽しい。 女受けの良さそうな美しい体型の清太郎や、程々に女受けを狙った程度の筋肉をつけている春斗のスーツを仕立てるのは、そこそこつまらないと感じている。 比留間は元来お洒落好きな質で、リングコスチュームもかなり拘って作る。 その拘りを楽しんでくれる深月の事をたいそう気に入っていた。 団体の代表になってから、選手としてではなくただの賑やかしとしての試合では、社長っぽくスーツで戦いたいという要望にも、対応した事がある。 伸縮素材で遠目に見たら高級スーツに見える様に仕立てるには、なかなか春斗のフェチ素材テクニックが役に立った。 採寸やピン打ちの作業を終え、ユカの事務作業が終わるまでお茶をだして雑談をしていた。 「今度初タイトル戦に挑むかもしれない若い奴が大学も卒業間近でな、ちゃんとしたスーツを作ってやろうと思うんだけど、まだまだデカくなると思うんだよね。」 「大きくするのも何度かは直せる様に仕立てる事は出来ますよ、限界はありますけど。大学って、プロレスラーとしては珍しいですね。」 「そうなんだよ、最近は増えてるんだけどね。俺達は中卒か高卒だらけ、なんなら退学やら中退やら、バカばっかりだからな、大学卒業なんてすげぇと思うんだよ。卒業式ってスーツ要るんだろ?」 「スーツか袴でしょうね……多分……」 「深月さんは学校でてるんだよな……?」 「私達の出た学校は自分達で作って好き勝手なので、 なんかこう、凄い事になるんですよねぇ……」 「僕はエナメルの燕尾ジャケットにエナメルティーバックにガーターベルトとハイヒールで出ましたね。股間が際どすぎて校長が爆笑してました。深月さんは何着てたんですか?」 「ドレスだよ……」 「どんなドレスなんです……?」 「黒いドレーピングのセクシーなやつ……我ながら良くできてたと思うんだけどね。」 「居ますよね、突然女装する奴。」 「黒歴史だね。」 「ですよね〜」 「俺はスーツを着よう……」 内藤がボソッと呟く。 「何を言ってるんですか?内藤君の卒業式の服はもうユカと春斗さんがデザイン始めてますから、駄目ですよ?」 唯一卒業していないユカは、内藤の卒業式に並々ならぬ情熱を抱いている。 「いつの間に……」 「君達の学校は楽しそうだなぁ……俺の高校なんて誰が強いかとかバカかとかエロいかしか無かったけどな。」 「そうだ、今度の試合に皆を招待してもいいかな?興味ある?」 「あります!!!!」 「ありまくりです!!!痛そう!!!!」 マゾ二人は意気揚々と答える。 「女子出ます……?」 「出るよ〜最近の女子プロは元アイドルとかかわいい子も多いんだ。」 「愛美ちゃんみたいな子居るかな……」 「あ、重量上げアイドルの子だろ?ツテがあったから一度スカウトしてみたんだけど、断られたんだよな〜人を殴るのは無理って。彼女凄いよね。良い筋肉してるんだ。愛美ちゃんファンなら、うちの子達も負けてないから楽しめると思う。」 「比留間さん、俺はあなたについていきます。」 かくして、プロレス社会科見学会が決定した。

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