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プロレス事件簿(番外)
(番外は読み飛ばしても問題無いお話です。パンクス内藤のお話)
大きなタイトルマッチの組み合わせを決めるという主旨の小さな試合に招待され、全員で会場に向かった。
店は臨時休業だ。
歴史ある格闘技の会場で、壁はかつて全面喫煙だった名残でヤニにくすんでいる。
全国からのヤンチャ者の落書きは、壁画の様に歴史を物語り、過去の有名な格闘家達の愛用品がズラリと並んだ王墓の様な空間だ。
「ワクワクしますね!私プロレスを生で見るのは初めてです。」
ロビーには、出場する人もしない人も、レスラー達がファンと交流している。
ローカルな雰囲気に、ややアウェー感を味わう。
ロビーの正面には、一層人集りのある場所があった。
「あ、あの方ですかね?今度スーツを作る佐藤さんは。」
団体トップを狙う稀有なプロレスラーにして、日本一多い地味な名字である。
「皆さんいらっしゃい。足を運んでくださってありがとうございます。佐藤を紹介します。」
直したてのスーツを決めた比留間が現れた。
口々に挨拶を交わして比留間に付き従った。
「おい、佐藤、俺の友達とその従業員の方達だ。お前の応援しに来てくれたぞ。」
「あ、お疲れ様です社長。はじめまし……」
佐藤は内藤に顔を向けて、目を見開いて固まった。
内藤は屈強な男に凝視され、何事かとビビリ、深月の後ろに隠れようとする。
「内藤か……?内藤悠介だよな……?」
「そう……だけど……」
青ざめた佐藤は、突然床に膝をついて土下座した。
周囲一帯がざわついた。
内藤はわけがわからないパニックで深月の腕にしがみつく。
「ごめん!俺お前に酷い事した。ずっと後悔してた。」
社長がカメラを下げるようにお願いしている。
「な、なに、なに、なに……あ……佐藤……?佐藤晃?」
「そう、中学の……」
「あぁ……なんだ……」
正体がわかったが、内藤は僅かに肩が震えた。
ユカはそのほんの一瞬の震えを見逃さなかった。
「全く何も気にしてないから、試合頑張ってよ。」
「でも……」
「佐藤さんとやら、何があったか存じませんが、こんな公衆の面前で、時のレスラーにそんな事される内藤くんは再び酷い目にあってますよ?」
ユカの言葉にハッとして佐藤は立ち上がるも、目に見えて背中が丸い。
「内藤くんは試合頑張ってと言ったのですよ、きっと、ちゃんと格好良く勝ったら、話位はするチャンスをくれるかもしれません。だから頑張ってくださいな。」
「そうですね……すみません……準備を、してきます。」
佐藤は顔を上げてズンズンと立ち去って行った。
社長は難しい顔をしている。
「内藤くん、ああは言いましたけど、お話し嫌だったら私があしらいますからね。」
「私からも、嫌だったらなんとしても近づけさせない。」
社長も内藤を気遣う。
「いやいや、大丈夫ですって……昔の事だし。それより席に行こう。もう始まるでしょ?ちゃんと楽しみにしてたんだよ。」
内藤は驚きによる動悸を抑えようとする。
派手な演出と、飽きさせない構成、そして少しの笑い。
春斗はヒールのレスラー達に心をときめかさた。
黒めのコスチュームは、ネットリとした鈍い光を放っている。
エナメルよりも伸縮性がある生地に、春斗はこれはこれで良いなと思った。
女子の試合になると、アイドルの様な華奢で身軽な子から、重量級まで、ありとあらゆるスタイルが、カラフルな意匠をこらしたコスチュームでリングを縦横無尽に動き回った。
特に逞しくて強い女性の中にある可愛らしさに、内藤は衝撃を受け、あまりの事に胸を抑え、こんな素敵な世界に今まで気が付かなかった愚かさに涙を流した。
内藤が楽しそうで良かったと、全員がホッとした。
いよいよ最後の試合は、泥沼化した。
佐藤の相手は、少し歳上の今一番勢いのある選手だ。
次の大きな大会のとりを飾るタイトル戦に挑む権利をかけた戦い。
前のめり同士は、序盤の大技の攻防から、中盤の関節狙いの嫌な削り合い、そして、終盤が最も長かった。
お互いに息を切らせ、目は座り、背を丸めて、精神力の勝負になっていく。
技をかければ総てかかり合う、そして、佐藤は何度目か、胴を掴まれ、美しいスローモーションの様なバックドロップに見舞われて、そのままゴングが鳴った。
バタリと両者は倒れた。
会場は大歓声をあげる。
勝者に煽り散らかされながら、佐藤はリングを転がり落ちていった。
内藤は、内心ホッとした、勝ったらまた話しかけにくるかもしれない、しかし、一応大怪我は無くて良かったとも思う、複雑な気持ちだ。
そして、何人もの男達に支えられ、ヨロヨロと退場する佐藤の姿には、威圧的で我儘で自分勝手な昔の佐藤よりも、何故だか寧ろ、遥かに怖さを感じた。
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