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先輩(番外3)
佐藤は大学の寮に暮らしていた。
試合後は殆ど引き篭もり、学校と部屋の往復だけしている。
比留間が来たと言うと、しぶしぶロビーまで出てきたのだが、内藤の姿を見ると涙目になった。
「よう……」
「内藤……なんで……」
「お前が腑抜けて困ってるって言うから、来てやったんだよ。」
「比留間さん、俺は負けたのに会いたくないって……」
「いや、佐藤、俺は全然そんな約束したつもりも無いし、ゆかさんが勝手に言って、お前も勝手にそのつもりでいただけで、特にお前を恨んではいないし、過去でしかない。」
「いや、でも、お前に酷い事をして、転校させたし……そんなのおかしいだろ?俺が転校するのが筋だ……」
「あんな学校願い下げだ。」
「それもそうだけど……俺が馬鹿だったからそうなったのであって……」
「あーー鬱陶しい奴だな!!もう忘れろよ!!勝手に恨んでるって決め付けるなよ!!どうでもいいんだよ。そりゃ当時は論理破綻してて怖い奴だと思ったし、この前もちょっとビビったけど。結果的に余計に巻き込んでる、そういう子供っぽさが問題なんだろ。」
「ウッ……」
「でも、俺だって言う程大人なわけじゃない。お前がそんなに気がすまねえなら……愛美ちゃんのサインをくれ。」
「なんて……!?」
「いや、だから、愛美ちゃんのサイン。チェキとか撮ってもらったときとか、レコードの発売イベントでは書いてくれるんだけどね。俺色紙にサインしてもらった事ないんだよね。」
「愛美先輩のファンなんだ……」
「おう。」
「もしかして、あの子のこと、好きだったのか……?」
「おう。めちゃくちゃ好きだった。」
内藤は、子供の頃はハッキリと言えなかった事を、堂々と言っていた。
「わかった。頼んでみる。多分大丈夫だと思う。愛美先輩ファンラブだから。でも愛美先輩は、、」
「まて!!プライベートな情報を漏らすのは無しだぞ。俺は純粋に、ファンなんだ。プライベートを嗅ぎ回るゲスにはなりたくないからな。お前も人気商売なんだから、わかるだろ?ファンが知らなくて良いことを身内が漏らすのはご法度だ。」
「そう……か……そうだな……」
「たとえば、もし、お前と付き合ってるとかでも、絶対言うな……命は大切にしてくれ。貧弱でも人を消す方法はいくらでもある。」
「いや、マジでそれは無い。マジで無い。ありえない、本当に無い。お互いに根本的に好みじゃない。」
「安心した。」
「それから、比留間さんに心配かけずに練習にはちゃんと出て、いつかタイトルとれよ。」
「わかった……あの、サインお願い出来たら連絡するから、連絡先教えて欲しい……」
「わかった。」
連絡先を交換して、採寸も済ませて、ミッションを終えた。
後日呼び出されて、ウキウキと内藤は指定の場所に向かった。
そして、待ち合わせ場所の10m手前で異常事態に遭遇した。
バカでかい佐藤の横に、並ぶといつもより少し小さく見える女神が居る。
目立つ。
物凄く目立つ。
向こうからしても、時代錯誤なパンクスは目立つ様で、動けなくなっている内藤に二人は手を振りながら走ってくる。
内藤は後退り、走って逃げようとするも、スポーツ大学の人間相手ではうさぎと亀で、さっさと追い付かれた。
息も切らせない背も高く素晴らしい筋肉の二人に両腕を掴まれ、連行される宇宙人だ。
「やっぱりミツバチ君だったんだね!!」
何度も交流イベントに参加して、顔とハンドルネームは覚えられている。
「ああああああああいみち……あいあいあいみちゃん……!」
「愛美ちゃんだよー!」
「なん、なんで、なんで本人がいるんですか……!?」
「だって、酔っ払うとグズグズ話し始める同級生がどんな子か気になって気になって。しかも私のファンなんだって言われて!!私めっちゃハッピーだよ。」
「ファンとしてプライベートの抜け駆けは許されません!!」
「ハチ君のそういうとこ、私は凄く信頼してる。これは私の我儘に付き合わせちゃった口止め料。」
鞄の中から、内藤悠介くんへと書かれたサイン色紙とデビューシングルを差し出された。
「デビューシングル……!」
「確か、ハチ君これだけ持ってないって、握手会で言ってたの思い出してね、在庫整理中に一枚だけあったから。プレゼント。まだ歌も下手だし、ちょっとだけ恥ずかしいんだけどね。」
「いいんですか……」
「うん!これからもよろしくね!」
「一生大好きです!!」
「ありがとう!晃の事もよろしく。ドカ食い筋トレサークルの先輩として、ずっと会いたい人が居るって言い続けてたから、叶って私もうれしいんだよ。凄いよね、ちゃんと会えたんだもん。晃はハチ君に会いたいが過ぎて拗らせてると思う、マジで。」
「先輩、余計な事言わないで!俺は謝りたかっただけだから!」
「ごめんごめん、そろそろ私は行くから!」
愛美は嵐の様に去っていった。
「このあと時間あったら、ぶらつかないか……」
佐藤はドキドキしながら、誘った。
「構わないよ。飯奢るよ。愛美ちゃん本人からの手渡し、何か奢らないと罰が当たりそうだ……」
「いや、いいよ、ほんとに先輩が無理矢理来ただけだから……連れて行かなかったらお前のプロテインを花壇に撒くぞって脅してくるんだ……怖すぎる。」
「それは怖いのか……?」
二人は繁華街を歩きながら、会っていなかった間の話をした。
「何でプロレスだったんだ?俺がキッカケだって、比留間さんから聴いた。」
食事は済ませたと言うので、巨大パフェのお店にやってきていた。
内藤は食べてみたかったが勇気のでなかった巨大パフェ、佐藤が居るなら行けるのではないかと思ったのだ。
案の定、内藤は1/3すら食べられず、残りは食事を済ませたはずの佐藤がパクパクと軽快に片付けていた。
この光景は、内藤を感動させた。
実に気持がいい。
「親父がね、比留間さんの昔の族仲間で、お前のはただの暴力であって、喧嘩じゃねえ、根性叩き直せって言われて。全員がお前の悪行を知ってる中で罵られてもやり返さずに耐えろって、転校も認めなかった。」
「逆に佐藤の方が過酷過ぎないか……あの世代は喧嘩とか根性とかにロマンを持っているよね。」
「実際、自分よりも身体の大きい人に囲まれて、ぶっ飛ばされて、ああ、内藤はこんなに怖かったのかなと思った。本当に思い返すとゾッとするんだ。打ち所が悪かったら死なせてたかもしれないんだ。」
「大袈裟な……」
「大袈裟じゃないんだよ。」
真面目な顔で言われてしまった。
「だから、本当に、ごめん。」
「いいよ、俺は生きてる。」
佐藤の肩の力がふと抜けたように見えて、今までずっと佐藤が緊張していた事に内藤は気がついた。
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