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不安

皆でプロレスを見に行ったり、真面目に仕事をしている間、数日音沙汰の無かった清太郎から連絡があり、春斗の喜びは絶頂になった。 呼び出されて自宅に向かう。 「連絡しなくてすまん、忙しくて。」 「少しだけ嫌われたかと……」 清太郎は苦笑いして否定した。 清太郎は会えなかった間の仕事の忙しさを丁寧に説明し、春斗はかなり心配になった。 実際には近頃ほったらかしていたM女性達からのお誘いの猛攻を捌いていた事も忙しさに含まれたが、春斗には礼儀として省いて伝えた。 「この前、皆でプロレス見に行ったんです。そしたら、内藤君の同級生が試合に出てて、一悶着あったんですよ。」 「店でユカからも聴いたよ。スーツ作る子が内藤くんを虐めてた奴だったんだろ?」 春斗は、会えなかった間の話を子供の様に必死で語る。 「その後、仲良くなってよく遊びに行ってるの、少し不思議です。」 「ユカは憤慨していたけどね、子供の虐めは将来の人格に影響する許しがたい事なんだって。ユカも子供の頃に虐めららた事があるみたいだ。」 「そこから始まる性癖もあると思うんですよね……」 「俺も、そう答えた。傷付いて立ち直れていないなら絶対に許しがたいが、今仲良くなれた事について、周りは尊重すべき素敵な事じゃないかって。」 意見が一致すると、春斗は嬉しくなる。 もし、内藤が今も傷付いたままだったら、春斗はプロレスラー相手でも掴みかかっていただろうと思う。 「春斗、何かしたいことある?ほったらかしたから、たまには甘やかすよ。」 「そんな……滅相もない……」 「今更、遠慮する?」 「縛られたいです……」 清太郎は春斗の顎を捕まえて上を向かせる。 「良いよ。」 その日のプレイは、痛く無かった。 擽る様に清太郎の指と縄が身体を撫でていく。 従順に手を組み、いつもより少し緩いかと思われた縄が、一筋、一筋と増えていくと、徐々に固く身体を固定していく。 心地よい音の様に、身体が支配されていく。 縄の気持ち良さに全身を包まれる。 陶酔していく心地よさに、頭を支える事が出来なくなり、ガクッと力が抜けても、必ず清太郎は支え、ゆっくり誘導して更に動けなくされる。 カーペットの上で、目隠しをされて、口も縄で塞がれ、縄の気持ち良さだけを感じた。 清太郎が見ていて、何とかしてくれる事を確信出来るから、春斗は気持ち良くなれる。 穏やかだった息が、首を反らされたことによって荒くなる。 荒くなると、全身の縄が食い込み、縄の存在感が増す。 自分の呼吸ときつい縄で、絞るような感覚で全身を刺激され、気持ち良さに身悶えれば、余計にぞわりと気持ち良さが湧き出して、その事に震えれば更に湧き出して呼吸が荒くなり、終いには気持ち良さで叫んでいた。 叫ぶとまた、快楽が湧き上がる。 終わらず、止まらなず、絶頂を味わい続ける。 暫く触れずに、側にいる気配だけだった清太郎の指が、春斗の手の平に触れて、その冷たい指に気持ち良くなり、全身をしならせて痙攣すると、手首が解かれ、縄が擦れて気持ち良い。 留めを解く振動、じっくりゆっくりわざと擦りながら引き抜く焼ける様な痛み、遊んでいる縄が当たる、急に解放され、血が巡り始める痺れ。 解かれる時も、頭がじんわりと快感を追い求めていた。 解かれても、動けず、カーペットに倒れたままだった。 春斗は倒れたまま、近くで煙草を吸っている清太郎の手に触れると、しっかりと握り返され、へらりと笑う。 「セイ様……清太郎さん、今度デートしてくれませんか……?」 言い直したのは、セイ様セイ様と呼ぶよりも、真剣さが伝わる気がしたからだ。 「構わないよ。何処行きたいの?」 「清太郎さんの行きたい場所!と、言いたい所ですが……どうやらそれはM男としてNGだそうなので、考えました。清太郎さん元バレー部でしたよね?今放送されてるアニメ見ていますか?」 「見てるよ、セッターがかっこいいから。」 「映画見に行きませんか?」 「良いけど、春斗は興味あるの?」 「昔一人だけときめいた男性がバレー部の部長だったので、懐かしくて見ているんですよ。ちょっと部長キャラに似てるんです。」 「嫉妬しちゃうねぇ。」 「今は清太郎さんにボールぶつけられたいですよ……」 清太郎は大笑いした。 清太郎の手を引き寄せ、額をつけ、唇を寄せる。 愛おしい手だと思った。 清太郎は、約束をしたのが嬉しかった。 楽しみで、そして、微かに恐ろしかった。 いつか総ての欲をぶつけて春斗をダメにしてしまわないかと。 紛らわす様にケイと会い、肌を重ね、アプリで知り合った人ともセックスをした。 性癖は、人それぞれ千差万別だ。 S男性たるもの、S女性たるもの、M男性たるもの、M女性たるもの、というロマンは人それぞれにある。 自由でありながら、一方的にただ好きな事をやれば、相手が壊れてしまう。 清太郎はサービスとして、相手のやりたいことの範囲内で「セイ様の好きな事」をやる。 男に興奮する質を捻じ曲げて、無理矢理バイアグラを使って女性とセックスをしてみた事もある。 そうやって、好きな事をして生きているセイ様を作り上げていた事に気が付く。 母親とその仲間たちから学んだ礼節と、彼等が作り上げたロマンティックな世界を守りたかった。 そのせいで、自由だと思い込んだ不自由な状況に居る。 春斗と居ると、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントとお年玉をいっぺんに目の前に並べられた様で、何年もかけて作り上げた理性がバラバラに崩れそうになる瞬間がある。 春斗は、何をしても喜ぶ。 人前で失神させても、拉致しても、拷問ゴッコをしても、尿道に異物を突っ込んでも、何をしても。 清太郎は春斗から全身で肯定されていた。 人の悲鳴を聴いて、涙を見て、ぐちゃぐちゃになった人間に喜ぶ異常性癖を。 そして、もっと、自分を肯定して欲しくなる。 自分という毒を注ぎ込んで、それ無しでは生きられなくしてしまいたくなる。 他の人では使い物にならない春斗にしてしまいたくなる。 清太郎はその願望で焦げ付いてしまいそうだった。

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