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従者

自宅へのお迎えから予想外の映画デートとなった。 映画の時間までかなり余裕をもっていたが、インターホンを鳴らしても、電話を鳴らしても、音沙汰が無かった。 気が変わって無視しているならそれでいい、しかし何かあったならばと考えると、慌てた春斗は、咲の部屋のインターホンを鳴らした。 「はーい、ハルちゃんこんにちは。セイちゃん出てこない?」 「そうなんです、電話も出なくて、何かあったのかも、倒れてたり。」 「多分、倒れてるのは当たりね。でも大丈夫よ、ただの蛇さんだから。」 春斗にはよく意味が分からなかったが、咲はすぐに開けてくれる。 エレベーターを降りると、既に咲が清太郎の部屋をスペアキーで開けていた。 「セイちゃーん、ハルちゃん来てるわよー」 声をかけながら、ずんずん進んでいく。 寝室の前に来ると、うううう、うううううと唸り声がする。 「ハルちゃん、セイちゃんの様子見てきてちょうだい。お湯持ってくるから。」 寝室を開けると、ベッドから上半身だけ落ちて、唸っている清太郎がいた。 「清太郎さん!!」 駆け寄って、抱き起す。 「おき……てる……」 「それは起きてないです。でも大丈夫ですよ。」 体温が低くて、顔が青白い。 「セイちゃん飲みなさい。」 がっくりと落ちている清太郎の頭を支えると、湯気もたたない程のぬるま湯を飲ませる。 青白い顔に半分白目を剥きながら、流し込まれるお湯をちびちび飲み込んでいる。 「少し目、覚めた?」 首が座って、こくりと頷く清太郎に、ふうと息を吐くと、咲は立ち上がる。 「ハルちゃん、このままお風呂場でお湯かけたら元気になるから運んでもらってもいいかしら。」 「勿論です、あの、何かの病気とかですか?」 「子供の頃から自律神経をね、大きくなってからは身体が重くて大変なのよ。バレーやり始めてからは相当減ってて、年に二度位かしら。」 「重い病気とかで無いなら安心しました。清太郎さん先に脱がしちゃいましょうか。」 「そうね、私はお湯出してきちゃうわね。」 具合の悪そうな清太郎に、邪な気持ちは抱かず、なるべく快適に対処したいと、使命感だけは強い。 まだ、清太郎の事をよく知っているとは言い難いが、こうして一つ一つ知る事にある種の感動を覚える。 「抱っこしますよ〜」 「ん……」 一度脱がせてから毛布にくるみなおして、自分の靴下を脱いで裾や袖を捲り、しっかりとお姫様抱っこをして運ぶ。 既にもうもうと湯気の立っている浴室に運ぶ。 椅子に座らせて足からゆっくりとシャワーをかけた。 頭にたどり着いたところで、やっと少し清太郎が意思を表現するようになった。 「シャワーかけといて、出てて……」 「わかりました。ゆっくりで大丈夫ですよ。何かあったら呼んでくださいね。」 清太郎はひらひら手をふった。 咲にとって、清太郎の不調には自責の念を感じるものだ。 水商売のシングルマザーで育てた影響で、清太郎は子供の頃から自律神経が乱れやすい。 今現在も母親から見ると頑固かつ繊細で複雑な所があるが、幼児の頃は夜に断固として眠ろうとしない日があり保育士やベビーシッターの手を焼かせた。 小学校に上がっても、どうしても話したい事があると深夜まで無理して起きていた事があった。 仕事中に電話で話して何とか落ち着かせていた。 咲がきっぱりとこの仕事を辞め、昼間の仕事をしていた方が健全な生活をさせられたのではないかと思う事も多々あったが、それ以上に、大切な仲間たちに助けられて暮らしていた。 様々な職業の変態達がサポートしてくれたのだ。 だから、咲は自分の仕事も大切にした。 年齢と共に体調不良が減っていく事が救いだった。 今ではこうして、清太郎自身の仲間が助けてくれる。 「ハルちゃん、ごめんなさいね、せっかく遊びに行くのに朝からバタバタして。」 「とんでもない、友達が似たような体質で、慣れてますよ。」 鴉が同じ様な体質だった。 完全に朝を諦めていた鴉は、遅れずに出席しなければならない日の前日に鍵を渡してくる。 温かい紅茶を淹れてあげる位の事はしていた。 鴉も大切な友人ではあるが、清太郎の方がよりやり甲斐を感じる。 「起きたよ。わるかったね。」 清太郎は少し恥ずかしそうに髪を拭きながら出てきた。 「ちゃんと朝食も食べてから出掛けてね。」 「わかった。ありがとう、母さん。助かった。」 咲は微笑んで出ていった。 清太郎の母さんという言葉に、春斗は尊さに涙がにじむ。 「僕も母に会いに行かねば……」 好きに生き過ぎて、便りがないのは元気な証拠状態の春斗は少しばかり家族が恋しくなった。 「久しぶりに倒れた、本当に驚かせてごめん。もう元気だから大丈夫だよ。」 「無理に出掛けなくても良いですよ?お家で映画見るとかでも。」 「本当に、起きたら元気だから大丈夫。結構楽しみにしてたんだよ。」 「無理はしないでくださいね……」 「そうするよ。春斗も食べる?」 「僕は食べて来たので大丈夫ですよ。」 清太郎はクロワッサンとインスタントスープでとりあえずの朝食をとった。 「時間がヤバい。暖かい服着てきた?」 「言われた通りに。」 春斗は手持ちの中で一番温かいキルティングコートの下に目の詰まったセーター、マフラーと革手袋という完全防備で来ている。 「ならこれで。」 清太郎はヘルメットを投げて寄越す。 「朝寝坊は対策に足を持ってる。」 「おおお!!かっこいい!!」 「バイクのにけつしたことある?」 「田舎者を舐めないでくださいよ。テスト前になると暴走族の同級生に拉致られてヤマカンさせられるんですよ。」 「まだ居るんだ……見たことないよ……映画で見た暴走族と違ってシートノーマルだから、ちゃんとくっついてろよ。」 「はーい!」 こうして、ネイキッドバイクで走り出して映画デートが始まった。

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