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セクシャルハラスメント

内藤がオーダースーツの手縫い部分を縫っている隣では、ユカと春斗の手によって内藤の卒業式の服が作られている。 「ほんとにそれ、真面目に着せようと思って作ってます……?」 「当たり前じゃないですか!」 「気が早いですし、全く頼んでませんけど……」 「でも、内藤君自分で作ってないじゃん……」 春斗が怪訝な顔をする。 「まだ卒制仕上げた所ですし、あなた達がそっちをやってて仕事しないから、仕事中は仕事の方を俺がやってるんです。」 「分業制ってやつだね!卒制のショーは皆で見に行くよ!」 「恥ずかしい……」 春斗はジャケットにボタンホールを、ユカは白いラビットファーのうさみみに大量のピアスを付けたり鳩目を打って装飾している。 「この耳のハトメから内藤君の口ピアスにチェーン繋げたら可愛いと思うのですよ。」 「凄く!良い!!」 内藤はうんざりしながらも、生地もデザインも縫製も凄く良い所が余計に腹が立つ。 ウールの赤いタータンチェックを使ったスリーピースなのだ。 パンツは細身のクロップド丈、まるでパリコレにでも出そうなモードなスーツだ。 そこに白いラビットファーのうさ耳と尻尾付き尻当てがつくらしい。 ユカが持ち込んだラビットファーだが、同時に毛皮を使っなら肉は食べなきゃと、うさぎ肉の手料理まで持ち込まれたので、このうさぎはユカが仕留めたに違いないと、皆思っていた。 実際はマタギの友人が居るのである。 「今時パンクは高級感と清潔感ありますからね。やはりそこは尊重せねばなりません。」 「パンクとは?みたいな気もするね。」 「僕が高校の頃、ユカちゃんが中学生位の頃はもっと社会の犠牲者みたいな、薄汚い感じだったね。なんか臭そうな。」 「え、深月さんとユカさんってその程度の年の差なんですか?」 「ストリートファッションでは大差ない位ですね。ファッション情報なんて雑誌しか無かったですし。」 「美化け物……」 「苦労しているのですよぉ、美容液だけで一日分のお給料が吹っ飛びますから!エステや美容医療も含めたらもう……」 「存在が高級品……!!」 賑やかな職場の姿に、深月は感慨深くなっていた。 最初は春斗が留学を蹴って店に残り、この子を養わなければならないと覚悟を決めた事から始まっている。 そこから、清太郎が頻繁に来る様になり、ユカが現れ、内藤が加わった。 上の階には小ロットの縫製工場を設け、若いデザイナーやアーティストとの仕事が多い。 今はユカを中心としたランジェリー部門を本格的に計画している。 その上で仕立ての仕事もある。 あまり遊んでいる場合でも無かったが、遊びつつも時間は守る優秀な子達だと感心していた。 「ところで、内藤くんは卒業後どうするの?」 春斗が作業に一段落つけて、通常業務の準備を始めながら尋ねる。 「短期で留学しますよ。ロンドンに。」 「へ……!?」 「言ってませんでしたっけ……俺はそんなに成績良くないので、深月さん経由でお願いしたんですけどね。幸いにも貯金も溜まってきたし、親も少し支援してくれそうなので。」 「深月さんも言ってよ!!我々のアイドル内藤くんが異国に……」 「言うの忘れてた。」 「一年程度ですけどね。」 「いや、素晴らしい事だと思う。留学したらきっと希望のブランドに就職や自分で立ち上げるとかも現実的になるよね。」 「留学蹴った奴が何を偉そうに……」 「僕は良いんです。やりたいことしかしたくない。」 「ここに戻りたいと思ってますよ。働きたいブランドでマトモな経営の所は既に無いですし、ブランドやるにしても俺のやりたいデザインは流行りじゃないので、縫製工場があるのは都合がいいですし。」 「ふーん、佐藤くんとはまた離れ離れか……」 「何、言ってるんです……?」 「え、付き合っているんじゃないの?」 「いやいや、俺はノンケですよ?佐藤は知らないけど。少なくとも口説かれた事は無いです。」 「最近お休みの日に手料理振る舞ったり、一人で試合見に行ったりしてるよねぇー?」 「友達なら普通でしょう……不純ですよ、すぐそういう事言うの。」 「うーん、狙われている気がするなぁ……」 「先輩、セクシャルハラスメントって知ってますか?有りもしない妄想でのしつこいプライベートの詮索はやめてください。」 「ごめんなさい……」 内藤はクスクスと笑いながら、仕事に戻った。 眉の下がるはにかんだ様な顔で笑い、言葉は辛辣ながら柔らかい声の内藤に、春斗は得も言われぬ可愛さを感じた。 これも口に出すと叱られるだろうと思い、黙った。 「後輩にセクハラしてる春斗さんは、どうなんです?セイ様の事はわかりましたか?」 喋りながらも全員手は止めない。 「清太郎さんは多趣味で、服の話にも付き合ってくれて、仕事の相談にものってくれて、プレゼントにはとても喜んでくれて、美味しいご飯屋さんとお酒を知っていて、姿形が美しくて、運動神経が良くて、緊縛が上手で、鞭のコントロールが完璧で、SMのテンポが良くて、心底SMを愛していて、存在が神々しい。という事がわかりました。あ、あと、寝起きの悪さがすっごくかわいい。」 「そうですか……」 ユカはただの惚気と捉えた。 春斗が清太郎の為に美味しい和食を探していると何処からともなく何故だか聞き付けていた清太郎は、美味しい和食をご馳走してくれた。 合うお酒を注文し、趣味を尋ねると、高校時代のスポーツの話や、マゾのマダムに誘われて始めた社交ダンス、近頃読んだ推理小説、仕事の面白さと、春斗が笑える話を楽しそうに語り、お酒が進むと、緊縛を始めた頃の失敗談から成功して嬉しかった話をしてくれた。 楽しい時間を提供されてしまった春斗は少々悔しかった。 業者に毛糸から注文して手編みした執念のカシミヤシルクマフラーをプレゼントすると、破顔して喜んだ。 寝起きは愛おしく、そして目が覚めるとスマートだった。 「本当に、推せる人だなって思いましたよ。」 春斗は笑顔を作って話していたが、話しながら腹の底ではあさましくも寂しさを覚えていた。 本当はもっとリラックスしてくれたらいいのにと、自分の無力さを嘆かずにはいられない。

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