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清太郎の性癖

清太郎は水商売で、春斗はその客だ。 清太郎を慕うならば、清太郎の得になりたいと常々思う。 彼が完璧なご主人様をやり切るなら、完璧な従者をやり切らなければと思う。 それには、プロM女であるユカが良い手本だった。 コロコロと気を回し、ショーの相手としてどんなプレイにも耐え、S男性や女王様を立てている。 まずは、人前での完璧な従者をこなさなければならない。 素敵であるはずの王子様な清太郎に、不思議と傷付く自分をしまい込もうと思った。 春斗は仕事の後に居残りをして、イベント用のエナメル燕尾服を仕立てた。 決まり事を守りながら、エナメルのデザインや製法に落とし込んでいく。 丁寧に丁寧に、一本のラインに信念を込めて。 この手の衣装は海外のフェティッシュコスチュームにはよく見られる。 しかし、アジア人とは骨格が違う。 輸入すればいいという話しでもない。 頭の中に、最も美しい清太郎の身体、一緒に風呂に入った時に目に焼き付けた姿に、パーツ毎に当てはめ、全体の寸法から必要な足し引きをしていく。 妄想の清太郎は魅惑的ではあるが、真剣に考え過ぎてエロティシズムは感じない、立ったり座ったり、屈んだり、伸び上がったり、頭の中でフィッティングをしている。 既製品を着る清太郎を表に出したくは無い、それは春斗のエゴイズムであり最も自信を持てるプライドである。 「鼻血、鼻血!!」 「あっ……」 春斗は裁断中の生地に落ちる寸前で身を引いた。 「深月さん、まだ居たんですね。」 深月は、手で血を受け止めている春斗にティッシュを手渡す。 「どっかにぶつけたの?目も血走ってるし、ギラギラしてる、集中しすぎだよ……」 「さっきラビットファー弄ったときに擦り過ぎたかもです。」 ヘラヘラと笑うと、口に流れた血で赤い歯がのぞく。 「ちゃんと休まなきゃ、ダメだよ。」 「でも、これやりたいくて。」 「わかるけどさ。ね、春斗くんは清太郎に出逢って辛くない?」 「少し辛いですよ。当たり前じゃないですか。もっと見たいと思うし、受け入れたい。でも何となく無理させてる気もしますね。その表層的な清太郎さんも、彼自身であることは間違いない。だから、今は望み通り引き立たせる事に集中します。」 深月は額に手を当てる。 「親戚の深月さんならもっと色々と知っていると思いますけど、清太郎さんは僕に見せたくない姿があるって事だと思いますから。」 「しゃらくせえなあ……ユカちゃんも、春斗くんも、清太郎もさ。もっと踏み込み合えば良いのに。」 春斗は、ぽろりと苦言を呈した深月に、カチンときた。 「わかっていて、同族が寄り集まる。同族の外に向けない情熱や愛情です。相手が望んで見せてくれる理想の姿を守るのは悪いことですか?」 「清太郎の性癖はサディストだけど、M男だった不倫相手に、受け身でセックスをしたがる人をご主人様扱い出来ないと言われて、別れた。実際向こうに子供も産まれてたしね。ただの言い訳だと思うけど。清太郎は若かったし、大変な事になりそうだったけど。」 春斗は軽い衝撃を受けた。 「何ですかそのエゴマゾクソ野郎って感じの理由……実際、セックスもしてたんですよね……?そいつ……後からそれですか……」 深月は険しい顔で深く頷いた。 春斗には本人の居ない所での暴露を聴きたく無い気持ちはあったが、深月がわざわざ話しているのだから、何か思惑があるのだろうと思う。 「クソ野郎の考えなんて気にしないで忘れろと言っても、清太郎は自分を責めていたよ。マゾの夢を守れないのはS失格だって。だから、別けて、隠してるし、男に抱かれたい自分を持て余してる。結婚していてもこっそり楽しむ人が多い業界だって事も知ってるから不倫の是非は語らないけど。だけどね、人としての安らぎと両立出来ないくて苦しむなら辞めちまえと僕は思うね。わけてもいいとは思うけど、それは無茶苦茶な遊び方する理由には、ならないと思うんだよ。」 「無茶苦茶……?」 「無茶苦茶だよ。毎晩毎晩別の男が家に居るって咲さんが心配してる。」 「そんな……」 「あいつ周りが思ってるよりビビリで心が弱いんだよ。それでも春斗くんはご主人様だと思える?思えないなら、あまり入れ込んではいけないと思うんだ。」 「何言ってるんです?女王様の性欲処理奴隷のロマンだってあるんですよ?ダメダメな女王様の面倒をみるロマンだってある。掃除するだけのマゾだって居る。だから怒ってるんです。僕のご主人様の性癖をクソエゴマゾ野郎に蔑ろにされたままでたまるか。」 「もし、清太郎がSMを辞めたら、どうする?」 「性癖は辞められないと思いますけど、もし辞めるならお供します。そして関係を模索して何とか側に居ます。それが友達だったとしても。」 「安心した。」 「ちょっと行ってきます。明日片付けるんで、このままにしといてください。」 「あ、インターホンは咲さんのほうを鳴らすんだよ。」 「承知しました。僕の万能変態っぷりを清太郎さんにも思い知らせてやりますよ……お母様からのヘルプなら大義名分として申し分ない。何も怖くねえ……ふふふ……」 深月は、あまりにも険しい顔で作業をする春斗を見て、少し心持ちを確認するつもりが、おかしなスイッチを押してしまった。 咲に謝罪の連絡をした。 咲が本当に心配しているのは、乱れた性生活についてなどでは無い。 親子共々、元々性生活など乱れまくりだ。 実際には、 「春斗くんに惚れてるのモロバレなのにあの子はいったい何をグズグズやってるの!?逃げられても知らないから!」という心配だった。

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