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鴉とさくら

 ワルツまで踊りきった清太郎とキヨは、息をあげつつ、離脱した。  見物していた人達から、何杯もお酒を貰っている。  スタッフ証をつけた人にも声をかけられる。 「セイさん、セイさん、盛り上げありがとうございます。お友達もありがとうございます。」 「ごめんね、勝手に社交ダンスして。」 「いえいえ、とんでもない。どんどんやってください。ところで動画、ウェブに上げてもいいですか?」 「撮ってたのー?」 「バッチリ」 「下手だから恥ずかしいけど、お好きにどうぞ。キヨもオッケー?」 「構わないよ」 「ありがとうございます〜ダンスは上手い下手じゃなくて、楽しいのが良いんすよ。あ、BLOOM席にシャンパンいれますんで、良かったらどうぞ。今度お店も行きますねー!」 「お気遣いありがとうございます。」  スタッフは元気に手を振りながら走っていった。 「春斗くーん!!」  席に戻った所に、さくらが駆け寄ってくる。 「さくらちゃーん!!」  春斗は手を広げて、飛びつくさくらを軽々と受け止めた。 「久しぶりだね!」 「久しぶり、お兄ちゃんのお手伝い?」 「うん、ワルツは好きだからほったらかして来ちゃったの!」 「相変わらずだね。僕のご主人様を紹介するよ!」  清太郎を紹介して、さくらの事も紹介する。  本来は人懐っこい顔立ちのさくらだが、今日は鴉プロデュースで目の周りが真っ黒で近寄りがたい妖艶さを放っている。  さくらは、娼婦という生き方をしている。  娼婦という生き方にロマンを感じ、自ら進んでソープに入り、身体の形から顔の形まで、可能な限りの調整をしたサイボーグだ。  元々かなり綺麗な遺伝子を持っているため、そこらの芸能人よりも美しい、その上、男を堕落させる事を目的とした身体つきをしている。  本人の趣味嗜好が高級娼婦であるため、教養もある、社交ダンスも出きる。  現在は固定のリッチなお客さんを抱えている。  稼ぎを投資して既に働く必要も無いのに、嬉々として愛人業に励んでいる。  鴉のお店の出資者も殆どさくらである。  兄と妹ともに、己の道を突き進み、そこそこちゃんとしたサラリーマン家庭である実家からは殆ど勘当に近い扱いだ。 「アブサンご馳走しますよ。」 「ありがとう。でもここないのよ、アブサン。」 「残念。」 「残念ね。」  よくわからない会話をする清太郎とさくらが、妙に格好良く見え、春斗はときめいたが、意味がわからないからこそ格好良くみえているだけだ。本人達にとってはただの軽口である。  そこに、ぬるっと音もなく鴉がやってきた。 「お兄ちゃん。ブースは?」 「うん、大丈夫。店番してるから問題無いって言ってる。」 「そう、お兄ちゃんが言うなら間違いないね。」  ブースは完全な無人だ。  鴉には店番が見えているらしい。 「春斗くん、この前送ってくれた写真のランジェリーをダークカラーでフルセット作って欲しいの。それで、桜の花弁の刺繍を散らして欲しい。お兄ちゃんはランジェリーは作ってくれないから。」 「勿論、採寸に来て。待ってる。」 「さくら、あまりお隣くんの恋人の人の前でお隣くんに絡まないで。辛くなっちゃうでしょ。」 「こここいびとじゃないよ! ご主人様だから! 違うよ。」 「そうなの? マイスターと太鼓くんと似てる。恋人の人、もう手遅れだし、困ったらお隣くんの目を潰して口を綴じれば良いよ。」 「え、うそ、怖い怖い、目は潰さないで! 口はまあいいかな……」  清太郎は苦笑いをしている。  鴉の目線から、マイスターはキヨの事で、太鼓くんがユウの事だとわかる。 「さくら、ナイト。連絡先聴いた?」 「誰のこと? 誰の連絡先も聴いてないよ。」 「まあ、いいか。ナイトは黒馬で迎えに来るものだ。」  さくらはピクリとしつつ、頬を抑える。  ファンデーションが薄いらしい、赤面しているのがよくわかる。 「鴉くんとやらは、何か占いとかやる人なのかな?」  清太郎が不思議そうにきく。 「人の顔と名前がわからないから、その人の事を直接覚える。生きてるのか死んでるのかの区別もあんまり出来ない。」  鴉はふらりとまた自分のブースに戻っていった。 「小さい頃から、こうなの。怪我をするよって言われたら、怪我をするの。お兄ちゃんは優しいよ。なるべく辛くならないように教えてくれる。」 「相変わらずだね〜打ち合わせしないでもお金振り込めば作ってくれるんだよね〜たまに追加請求くるけど。不思議だよねー」  キヨとさくらが清太郎に説明をする。 「お兄ちゃんは凄いのよ。お兄ちゃんは、さくらって子が来てくれてるよって、お母さんが私を妊娠してる事を教えてくれたんだって。」  さくらはブラコンだ。  それからも、BLOOMのブースに絡みにくる人達に対応しながら、夜はふけていった。 「よし、離脱。もう無理疲れた帰って死ぬ。」 「はい!」  春斗と清太郎は、会場を後にする。  更衣室での着替えも手伝えるのは、同性の特権だと、春斗はウキウキだ。  エナメルを着た後は汗で下着も濡れる、下着を着ない人も居るが、清太郎は響く下着がセクシーという理由でティーバックを履いていた。  それを着変えるために全裸になる。  何度見ても全裸が美しいが、生地の締め付けや皺で走る赤い線が美しく、そして汗ばんでいると格別だ。  嗅ぎたい衝動を抑えるが、清太郎はわざとの様に脇を春斗の鼻先にかすめるので、深呼吸した。  汗は香水で掻き消されるが、それでもまろやかな感覚がある。 「お前も着替えろ、煙草吸ってる。」  半勃ちの春斗を放置して、着替え終わった清太郎は 出ていった。  タクシーの中で清太郎の脱いだ服を押し込んだ袋に、顔を突っ込んで呼吸をした。  心地いい。 「気持ち悪いからやめろ。」  ぐったりした清太郎に肘鉄をくらった。  

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