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ファッションショー(番外5)

 内藤の学生生活最後の卒業製作ファッションショーに、Long tailの面々は気合を入れて向かった。  内藤は無難な成績であり、出番は中頃。  講堂の外には謎のサークルが露店を連ねる。  この露店は元々深月の時代に始まった。  学校行事ではなく、サークルが卒製ショーの時にゲリラで小遣い稼ぎと過度な自己主張を始め、あまりに盛り上がったので学生会が管理しつつ公式化した。  文化祭は秋頃に行われており、通称第二文化祭である。 「深月さん世代は良い仕事したと思います。僕はこれでかなり売りましたよ、卒業年に死ぬ程ネクタイ作って売り捌きました。」 「卒業年に卒制でグランプリ取りながらそんな事出来る人が居るんですね……ユカは驚きです……春斗さんは何サーだったんですか?」 「辛い物サークルです。当時はリアルなSMどころではなかったので、一人で辛い物に苦しんで楽しんでいたんですよ。」 「ネクタイと何の関係が……」 「辛い物食べると汗ですぐ汚すからですよ。」 「あーーんーー? 成る程……?」  ツィギー風のミニスカートにデカいサングラスでキメているユカは首を傾げた。 「ユカさんは何かやってなかったんですか?」 「私は二年で退学するまではバービー人形サークルでしたね。ひたすら下着作っていましたので、子供達は誰も買ってくれませんでした。大きいお友達にはちょこっと売れましたね。」 「深月さんは?」 「オーダースーツを着ないヤツは男じゃないっていう演説をするサークルに居たかな。」 「オーダースーツ原理主義……」  当然ながら深月はスーツである。  同級生が幾人か講師をしているため、オーダースーツ原理主義者としてはきめなければならない。 「それにしても、春斗さんのその服装はまた新鮮ですね〜」 「休日はこんな感じですよ。」  白いスタンドカラーシャツの上に、薄いピンク色のオーバーサイズのセーター、ベージュのチノパンという服装だ。  上着は自作したウールギャバジンにパンヤを使った重苦しいダウンである。 「なんだか、一見すると年相応に若々しくて流行りを抑えててハンサム系ですね。その癖に全体的にはかなり拘ったファッションオタクアイテムに見受けられます……これがあのセイ様の奴隷さんと考えると、ユカはなんだかお話するだけでもイケナイ気持ちになりました……何でしょうこの気持ち。」 「高くて買えない物と売ってない物は作ればいいんですよ。いつもは七三かオールバックにスーツですからね。ユカさんはいつもかわいいですね。」 「ありがとう。」  モヤ付いた顔で春斗を見上げなが、ユカは不覚にもドキドキしていた。 「スーツ以外の時に男前に見えるのはズルすぎませんか?」 「それスーツが似合わないということですか……」 「そうじゃないんですよ、スーツあってこその破壊力です。枯れ荒んだ乙女心が復活してきました。」 「悪趣味なりにルックスのセンスだけは良いユカさんに言われると照れますね。」 「お褒めに預かり光栄です。」 「全然褒めてないでしょ! ほらほら、無駄話してないで会場いくよ! 良い席取れなくなっちゃうでしょう!」  一眼レフカメラを携えた深月にせっつかれるが、なんと、一時間前である。  茶色いスーツに長い髪を緩く束ねた深月と、60年代風のユカが並ぶと収まりが良く感じられる。  内藤は卒制について、誰にも内容を語らなかったため、3人ともドキドキワクワクしていた。  まだ疎らにしかいない客席の最前列に陣取り、深月はカメラテストをしている。  アナウンスが始まり、客席証明が消えて、ランウェイが光に浮かび上がる。  モード、フォーマル、カジュアル、イタリアン、アメリカン、フレンチ、ブリティッシュ、ジャポニスム、そして何故かコスプレまで、その他諸々、ファッションそのもののファッションショーが始まった。 「次です……」  ここまで、思い思いと言いつつもモデル科の生徒が参加したスタンダードなファッションだった。  大人しい内藤もそうだろうと思っていたが、実際は違った。  モードパンクだった。  登場したのは、赤いリップでキメた愛美だったのだ。  カッチリした普通のスーツが、総て裂けている。  縫い目のほつれ、ボタンのはち切れ、ストッキングの電線、何もかも、急に膨らんで着ていた服が避けた様にデザインされていた。  アイドルである愛美は実に堂々と笑顔で歩いているのがコミカルであり、そして何ともかっこいい。  裂け方が洒落ている。  裂けた所の糸が飛び出している様に見えるが、カラフルなグラデーションの糸であることや、裂け目から飛び出すキラキラしたレース生地からわざとさが理解出来る。  そして、ステージ最先端に来た愛美は、裂けたジャケットのボタンを外して肩を抜き、中に着ていたキラキラとした玉虫色のスパンコールビスチェが現れ、ジャケットの内側からばらりと溢れる様に大量の黒や深緑や深紫のレースやサテンがぶっかえりで飛び出した。  レースを手に持って軽く振りながら愛美が一周回れば、ビーズが刺繍された裾は総てきちんと溢れ落ち、縫い付けられたスパンコールがスポットを浴びてキラキラとかがやく、魔法の様に大きなお腹やお尻がクリノリンの役割をして幻想的なドレスになる。  歓声とどよめきが起きる。  愛美が消える直前に春斗とユカは立ち上がって拍手をし、深月はシャッターを連写で押し続けていた。  傍らには動画撮影をしている小型カメラもあった。 「あーみなさんありがとございます〜」  顔面に寝不足と書いてある内藤がフラフラ寄ってきた。  服装は深月が仕立てた仕事着のスーツである。 「内藤くん!! 君は天才です!!」 「素晴らしかったよ! バッチリ撮ったからね!」 「凄かった!!」  口々に褒める。 「愛美ちゃんが、素晴らしかったんですよ!! 見ましたかあの自信満々な姿……恍惚ですよ……完璧でした……スカートがなかなか広がらなかったんですけど、裾持って回ってくれたのは愛美ちゃんの提案で、あの軸のブレない回転、まさに女帝の姿。本当に愛美ちゃんは素晴らしい……」  早口で褒めちぎる。 「勿論です! 愛美ちゃんもとーーーっても素晴らしかったですよ!! かわいい、美しい、そして、強い!!」  ユカは宥める様に興奮した内藤に同調する。  お姉さんの姿である。 「愛美ちゃんはどちらですか? お着替え中ですか?」 「そうですね。なので僕もすぐに戻ります。」 「内藤!!」  遠くから男の声がする。 「あ、佐藤が呼んでる。行かないと。佐藤が愛美ちゃんに頼んでくれたんですよ。」 「ほほう……」  春斗がセクハラ的な目を向ける。  ユカはムスッと佐藤の方を見る。  内藤は苦笑いをした。    ファッションショーのグランプリは、内藤が勝ち取った。  学生生活最後の下剋上であり、内藤にとっては人生で初めての一番だ。 「内藤くんは、好きな事を我慢しない方が良いって事だよ。今後も好きな事をやっていこう。」  深月のコメントに、全員が深く頷いた。 「吹っ切れた気がしますね……」  内藤の留学先も、深月の知り合いでイギリスにあるオーダーメードの工房、そこのオーナーは元ダイバーシティブランドのデザイナーだ。  同じ理念の会社である分、Long tailの社員研修という形で行く事になった。  

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