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花咲く

「春斗くん! 来たよ!!」  鴉の妹、さくらが入ってきた。 「さくらちゃん!! いらっしゃいませ。」  春斗はお辞儀をしてエスコートする。  というより、さくらの所作により自然とエスコートさせられたと言う方が正しい。 「いらっしゃいませ。」  緊張しながら待機していたユカも丁寧に頭を下げる。 「この方がユカさんですか? 春斗くんから写真見せて頂いて、とても気に入ってしまったの。まだブランドも始まっていないと言われたんだけど、どうしても欲しくて。」 「光栄です。元々オーダーメイドですから、時期はお気になさらず。サンプルをご用意致しましたのでご覧になってください。」 「……凄い……かわいい……」  トレーに載せられたランジェリーを見て、さくらは感嘆とした。  それは、夜桜を思わせる深いネイビーのコットンオーガンジーに、深くて濃い緑の帯がアンダーからストラップに伸び、全体にごく薄い黄緑の花びらが散っている。  いくつかの花びらの根本からは、紅を差す様にほんのりとピンクの筋が入っている。 「勿論ピンクの桜にも出来ます。」 「いいえ、緑の夜桜が良いです。こんな、こんなの、他に無いです。」  さくらはそっと刺繍を撫でている。  Long tailの面々はユカ以外は緑の桜を知らなかった。  ユカとしては、桜の名前を冠した教養人にはこのくらい遊んでも良いだろうと思っていた。 「ブラジャーの上に着るベビードールと、ガーターベルトには枝の桜をあしらって居ますので、脱いだ時に花弁が残る様にしています。伺った大凡のサイズは合わせてあるので、試着してみませんか?」 「是非試着させてください。」  この日の為にフィッティングスペースのカーテンは二重にしてある。   「春斗くん、春斗くん!」  カーテンの奥からさくらの声がした。 「どうされました?」 「男心を問いたい。」 「それはまずい!!」 「いいからいいから!!」  ニュッと出てきた生肌の腕に招かれる。 「僕、鴉くんに呪われたくないよ!!」 「見てくれなかったら私が見せに出ちゃうよ!?」 「それもまずい!!」  渋々とカーテンを捲る、イベントでほぼ裸を見ているので、今更といえば今更ではある。    春斗は言葉を失った。  シリコーンの詰まった大きな雫の様なバストを下から優しく抱き上げる様に桜が舞い、鋭利に窄まるウェストをガーターベルトが強調し、筋肉の縦ラインがうっすらと見える、そしてそこから日本人離れした角度で張りだした腰にピッタリと肉を締め付けないレースのショーツが続き、伸びやかなきめ細かい肌で張りのある太腿が生えている。  生地面積はけして少なくない、しっかりと隠している。  それなのに、神々しいまでにさくらはエロティックだった。 「すごいと思う……」 「私、もうランジェリーはユカさんのしか着ない。」  ユカは顔を真っ赤にして、目が潤んでいた。 「うん、本当に凄いと思う。」  春斗はそれを呟くしか無かった。 「あ、では、僕は失礼します。」  細かいサイズ調整を確認して、さくらが店を出ていくまで、春斗の頭はぼんやりと痺れていた。   「さっそくの浮気心ですか?」  咎める様なユカの声に、春斗はビクりとした。 「そんな、そんな!! なんていう意地悪を言うんですか!!! 純粋に美しいもんは美しいでしょ!? 殆ど裸みたいなさくらちゃんより、ユカさんのランジェリーを着たさくらちゃんが美しかったんじゃないか!!」 「男心はどうでした?」 「バチクソきた。下着の下が宝物に見えた。」 「最高の褒め言葉ですね……ありがとうございます……」  ユカはジャケットの裾を握り潰して俯いて、床にぼたぼたと雫をこぼした。  春斗はハンカチを差し出しながら、ユカの肩をぽんぽんとして、貰い泣きをしそうになった。 「夢、叶いそうですね。」 「もう、古い夢過ぎて、夢なのかもわからなかったんですよ……なんて遠回りしちゃったんだろうなあ……ほんっとにバカだなあ……」 「ユカさん、あと50年位作りましょうね!!」 「うん……」  運命と言えるほどの動き出せる状況になるまで、人は簡単に耐えられる物ではない。  自分自身の知性や理性であっても、意志だけの問題ではない。  奥の縫製部屋から、深月が顔を出した。 「人類の寿命が伸びたと考えたら、道を決めるのもその分が遅れたって良いと思うんだよ。そんな事でどうにかなってしまう程、人生は短くないんだよ。楽しんで生きようね。」 「はい!」 「泣き顔ゲット!」  深月がスマートフォンでカシャリと写真を撮った。 「うわー、酷いです! 酷いです! 純粋で美しい希望の涙の搾取です! ハラスメントです!」 「泣かされたい君を割と大掛かりに本気出して泣かせてあげたんだけどね。」 「あぁ……!! しまった! やられました!!」  ユカは深月にしがみついて余計に泣いた。 「あ……お二人のご関係は……」  春斗は恐る恐る、2人に質問をした。 「今朝プロポーズをしました! 結婚します!」  ユカは泣きながらもピッと左手を掲げると、輝かしい硬そうな貴石と貴金属が輝いていた。春斗は、今の今まで気が付かなかった。  今、深月は何と言っただろうかと反芻してみて、5回目位に何となく理解した。 「ええええええ!!!!!! おめでとうございます!!!!! ってえええええええ!!!!!」 「因みに、おめでた二ヶ月です!!」 「ええええええええええ!!! ハッピーすぎる!?!? え!! ユカさんお腹冷やしちゃダメだ!! 足首も冷やしたら良くないって聴いたことあるから!! なにストッキングにタイトスカートなんて姿してるんです!? ダメです。すぐに着替えてきて!!!!! スウェットとか買ってきます! なんなら縫います!? 30分もありゃあ何か作りますよ!!  マタニティだからな!? 買いに行くより早いかも!!!!」 「落ち着いてください。大丈夫ですから。落ち着いて。深呼吸して。」  ユカは冷静に嗜める。 「春斗さん、そんなわけで、実は、BLOOMの周年パーティのメインステージが、セイ様と春斗さんになりそうなんです……ご迷惑を……」 「何!? 迷惑なんて存在しないから!! 何でもする!! 何でもする!!」 「本当に落ち着いて、無事に産まれるかもわからない事だから、あまり、今から騒がないでください! もう!」 「あっ……ごめんなさい……」 「今から、セイ様もいらっしゃいますから、そしたらご報告します。春斗さんは大人しく!!」  自分の仕事の感動が吹き飛んでしまったユカはテキパキと片付けながら春斗に指示を飛ばして行った。   「医学部でも法学部でも美大でも留学でも、もし君の身体に困難があって物入りな時も、親が出し切れない金は俺が全部出してやるから……安心してとにかく生きて産まれてこい!!」  清太郎の喜び方は独特だった。 「金ですか……」 「だって、愛情はお前等が充分かけるだろ? 親戚で一生独り身でそこそこに資産持ってるゲイのおじさんが出来ることとしては大事だろ……?」 「お気持ちはありがてえですけど、セイ様はもう少し夢と希望を持ってくださいな。今時はやりようなんて実はいくらだって……この先わからないですよ? 私は選挙で同性婚賛成の人にしか投票しませんからね!」 「うん。ありがとう。あ、俺達も付き合う事になったよ。」 「春斗さんが出勤するなり大声で宣言してましたよ。」 「うわ……恥ずかしいやつ。仕事場でなにしてんの……?」  軽蔑の眼差しを向けながらも、ほんのり愉快そうに、清太郎は春斗をひっぱたいた。 「DV彼氏最高!!」  春斗は、なんて良い日なのだろうかと思った。  愛に溢れていた。

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