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第11話 番の役目と身体の変化 1
速水、ディーン、サムの三人は廃墟のホテルから木々が生い茂る樹海の入り口に向かった。二本の木に警察の規制テープが張られており、立て看板には『関係者以外立ち入り禁止』の表示が堂々と置かれている。その中に一体ほど手を合わせた地蔵が鎮座しているが草木の蔓が絡んで顔が見えない。恐らくこの樹海に入って来る者が後を絶たないからだろう。
傍目からでも、非常に鬱蒼とした木々が生い茂っていた。植物特有の匂いも充満しており、雨も降っていないのに地面は湿っぽい感触だ。樹海と言われるとまさにそうだという木々の多さだ。
管理している自治体によると、表向きは古い木々が多く倒木の危険がある為と公表している。しかし裏では、毎年行方不明者とこの中で発見される死者の数は絶えず、捜索が難航する危険な心霊スポットだった。
ディーンは木々の匂いにウッと嘔気が込み上げ口元を手で覆った。
「うわスゲーとこだな。こりゃ陰の気が溜まりまくってんな。精神病んだ野郎がこんなとこ入ったら、速攻で自殺するだろう」
「酷いところだね。こりゃ長くいたら持って行かれるやつだ」
サムも口元を手で覆った。
ディーンの言う通り、この樹海で発見される遺体は年間百を超えていた。その大半が樹海の中で彷徨って行き倒れて死んだ者たちで、死因は低体温症によるものだという。恐らく長い時間彷徨い歩き力尽きて死んでしまったのだろう。
そのため警察は規制テープを敷いているが、このテープ自体動かされた形跡がある。危険を知らせる看板を立てているのだがまるで抑止効果になっていない。これでは自殺する人間は後が絶たないだろう。
「実は、この街自体が開拓地なんだ。昔は街まで木々が生い茂っていて、移住者を増やす為に切り倒されたんだ」
速水は退魔師という職業柄、この樹海に関して調べた事がある。
都心から電車や車を使ってそう遠くないというのが触れ込みで、都心に近いのに自然豊かで治安も良い地域、ということだった。離れた土地のため、土地自体の価格が都心と比べて安く収入が少ない中間層にはうってつけだった。さらに通勤通学に便利な立地と触れ込みが周り、自治体の目論み通りすぐに人気の地域となり、現在では市のベッドタウンとなった。
「だが確かにこの樹海のせいか、この街自体が陰の気が強い。俺の所に相談に来るヤツらもここの住民が多い」
速水は退魔師の傍ら、霊力を生かして人々の霊障相談も請け負っている。全国から依頼が来る事もあり、様々な土地の霊障を解決して来たが、この土地は速水でも手こずる程陰の気が強い。
「地元の人間に聞いた事があるが、どうやら大昔から存在していた樹海で明治か大正時代まで人身御供が行われていたらしい」
気になった速水は、地元に長く住む人間にこの樹海について聞きこみに回ったことがある。そこで分かったのは、この地域が村だった頃、頻繁に儀式が行われていたということ。いわゆる生贄である。村時代だったこの地域は作物の収穫が少なく、不作が頻繁にあった。村人は、豊作と土地神の機嫌を伺い人身御供を続けていたという。その後、大正時代終わりにかけて土地の不気味さを感じた役人が土地を没収し、人身御供として殺された人々を供養するため何度か除霊を行ったという。あの樹海の入り口に建てられた地蔵は犠牲になった人々を弔うために作られたという。
開拓が始まったのは昭和の高度成長期らしい。
「そりゃ筋金入りの心霊スポットじゃねぇか。そこで死のうとしてる美女とばったり出会って、今生の別れってやつを」
「ディーン!」
ディーンの品のない妄想話に、サムが制止を入れる。サムの制止に、ディーンは戯けて冗談だ、とペロッと舌を出した。
ディーンとサム。この二人は兄弟で、もともとサムは大学で法律学を専攻する学生だった。去年二人の父が亡くなったことで、急遽大学を休学しサムもこの仕事に参戦したという。
ディーンはジャケットの胸ポケットにある小粒ミントを取り出し一粒噛んだ。ミントの香りが口腔内いっぱいに広がり、多少爽快感が得られた。
本当ならタバコを吸いたいが火事になっても困るので今はやめておく。
「確かこの奥に湖があった」
「湖?」
サムは速水に聞いた。
「ああ。昔からこの場所は巨大な湖があったんだ。今は入り口に警察が規制線を貼っているから来なくなったが、昔は湖で人身御供の儀式が行われていたそうだ」
人身御供に選ばれたのは不作続きで身寄りの亡くなった者が主に選ばれた。土地の不作は深刻で、毎年家族の誰か一人は餓死していたのだという。明治から大正時代までそれはこの湖に棲まう水神の怒りのせいだと言われていた。そのため毎年人身御供を行い水神の怒りを鎮めていたのだという。
呆れたディーンはなーんだそりゃと興味なさげに言った。
「昔の日本は迷信だらけだなぁ。そんなもん神様食ってたら邪神様になっちまうだろうが」
「昔は浄化する人間がいなかったてことかな?さすがに僕たちみたいなハンターなんていなかっただろうし」
サムが生い茂る木々を掻き分けながら進んでいく。
現在は不作とまではいかないが、相変わらずこの地域で取れる農作物は少ないことが多く当たり外れが激しい。地元の物より他県から入荷している物がほとんど締めている。作物の収穫が期待できないためか農業者も少ない代わりに、街にはショッピングモールやホテル、公園が多い。
この地域は一次産業よりもあの廃墟のホテルのように二次、三次産業発展に投資をかけたのだろう。もちろん、あのホテルのように廃業になる店もたくさんあっただろうが。
三人は奥に進むため持参したライトを付けた。鬱蒼と生い茂る草木はここ最近晴天が続いていたのに雨水を含んだようで湿っている。樹海全体も暗い。地面もぬかるんでおり、三人は歩く度ズポッ、ズポッと足音を立てた。
「ひでぇ場所だな。こりゃ行方不明者が出ても捜索に難航する筈だ」
ディーンは言った。小型ナイフで草木の蔦を伐採しながら前方の視界を確保するが足がぬかるんでいるせいでいっこうに進んでいる感じがしない。
「ああ。これじゃ僕達まで遭難してしまう」
サムが言った。ディーンが小型ナイフで道を確保したところを進みながら、しばらく三人はライトを照らして視界を確保しつつ、樹海のぬかるんだ道を歩いていた。しかし蔓に絡まったり湿った草木に妨害され、速水の言っていた湖の発見には至っていない。いつの間にか夜になっていた。
「ふぃー・・・。まだ着かねぇのかよ、その湖は」
夜になり、突然気温も下がった。ディーンはジャケットを脱ぎ染み込んだ水分を絞る。
「クソとんでもねぇとこに来ちまったぜ」
三人は木々に覆われているものの、比較的草木が刈られた場所に辿り着いた。サムはスマートフォンを確認する。時刻は深夜を回った。やはりこの辺りは圏外だった。
「しょうがない。ここからは手探りで探すしかないな」
しかし三人は僅かだが、水の流れる音を聞いた。
「おいこれ」
ディーンは手を耳にかざすと音を確認する。サムも速水も同じように確認した。
「これは水の音だ」
サムが言った。
「ああ、近いかもな」
速水もうなづいた。ディーンがナイフで蔓を伐採しながら三人は更に奥へ進む。すると生い茂った草木から月の光を受けて水面がきらきらと光る巨大な湖を見つけた。
湖は月の光を受けて水面を光らせ幻想的な美しさを見せる。行方不明者が多数出ているこの辺りは人の手が加えられていないため、周囲の草木は伸び放題だが、湖自体は透き通っていた。美しい湖だが、その周囲には似つかわしくないモノ達が横たわっていた。
白骨だ。数体はあるが、脆く腐り切っていて、骨自体がボロボロだった。中には完全に腐敗したものものあり、小石くらいの骨が散らばっていた。いくつの遺体があったのか、特定は難しく骨に苔が生えていて、草木に絡まれこの湖周辺の植物と同化している。
年数的に長期間放置され、腐敗していったのだろう。
「ひでぇな、これ」
ディーンがライトを白骨に向けた。よく見るとかなりの数の骨があちらこちらと散らばっている。野ざらしの骨を見て気分が良いものではないが、これはこの樹海に入って行方不明になった者の遺骨なのだろうか。
「だけど、どうやらここがそうみたいだね」
サムは湖にライトを照らす。何の変哲もない湖だ。しかしさらに進んで行くと、突如サムはガクッと膝を折って座り込んだ。
「うっ」
「サム!?」
気づいたディーンがサムに肩を貸す。サムは腕をディーンの肩にかけたまま立ち上がると、顔中汗が流れていた。
「ごめん、大丈夫。少しふらついただけ・・・」
「やめておけ。一旦樹海に戻ろう」
速水も肩を貸す。サムは双方をディーンと速水に抱えられながら、一度樹海へ戻った。
予め購入していたペットボトルの水を開けたサムは、ゴクッ、ゴクッと喉を鳴らして水を飲んだ。
「何なんだ、この湖は?」
あの湖は、長くいると危険だ。
それはサムだけでなく、ディーンも速水も思っていた事だった。
「恐らく人身御供となった亡者の魂だろう。ここはもともと生者を受け付けない。俺たちがこの湖に足を踏み入れたから、亡者共が騒ぎ出したんだ」
速水の言う通り、三人がこの湖に入った途端風向きが変わった。生温い風が三人に纏わりつくように靡き、草木がザァザァと音を立てる。風化した白骨からは不気味な風音を響かせる。風の音に混じってケケケ・・・と笑い声も微かに聞こえる。
まるで愚かな侵入者がやって来たことを喜ぶように。
笑い声が耳に入った瞬間、ディーンとサムは銃を構え、速水も鍛刀を取り出した。
次は姿が見えないが、茂みからガサガサと草木を掻き分けて誰かが走る音がする。それも複数だ。
何かが、いるのだ。
三人に緊張が走る。姿が見えない魔物を相手にするほど、厄介なことはない。
ふと、速水は湖を見る。
先程まで透き通っていた美しい湖は暗闇と同化しドロン、ドロンと泥と混じった泡を吹いている。この湖には何かが棲んでいる。
今まで行われていた人身御供の産物だろう。何年も儀式を行ううちこの湖にもともと棲んでいた水神が、今は邪神としてここを訪れる人間を待っているのだ。
泡はさらに増える。
ボコボコボコと何かが湖から現れようとしている。
あそぼう。
あそぼう。
ぼくと、あそぼう。
少年の声が湖から聞こえた。
気づいた三人はボコボコと泡から現れた相手に三人は驚愕した。
全身黒ずくめだ。男か、女かは判別ができない。
しかしかなり生臭い匂いがする。もしこれがこの湖に棲まう水神ならば、完全に魔物と化した姿だろう。
魔物は三人目がけて陸に上がろうとしていた。
「やべぇ、なんだこいつ!」
ディーンは銃の引き金を引いた。しかし弾が魔物の体内に取り込まれ、傷一つつけられない。
「逃げろ!急げ!」
銃が効かない魔物に危機感を抱いた速水が、サムを抱えながら樹海へ向かう。
「ディーン!樹海に行け!」
攻撃を諦めたディーンがサムと速水の後を追うように樹海へ向かう。魔物は陸に上がった途端、崩れるようにただの液体に姿を変えて湖に引き返した。三人が樹海に入り込むと湖は元の透き通る美しい水面を輝かせた状態に戻っていた。
「湖に引き返した・・・?」
サムが言った。
三人が樹海に入った途端、魔物は動けなかった。まるで諦めたように湖へ引き返したのだ。
樹海に戻ると、サムの体調も良くなった。速水やディーンが肩を貸さなくてもスムーズに立ち上がった。
「大丈夫か?サム」
立ち上がったサムをディーンは心配して聞いた。
「ああ。もう何ともない。・・・というか、なんだか軽くなった?湖に近づいた途端、何かが身体に乗っかってきた感じがしたんだ」
やはりあの湖、何かいる。
三人は理解した。と同時に、どうやってあの湖に近づくかもう一度考えなければならなくなった。
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