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第12話 番の役目と身体の変化 2

湖の魔物と対峙した三人は、魔物が姿を消した途端、疲労がドッと出てきてぬかるんだ地面に座り込んだ。 「仕方ねぇ。一旦街に戻るか。魔界に行って一希を奪還するにも、丸腰の俺らは簡単に返り討ちにされちまう」 「そうだね」 ディーンとサムが言った事も確かだ。今回は調査に止め詳しい事は翌日の方がいい。湖を探した上、正体不明の魔物に遭遇し疲労困憊の彼等では一希の奪還は難しいだろう。 三人は一度街まで戻ることにした。 樹海を出た頃には、既に昼を過ぎていた。速水は自宅に戻り、資料を探して来ると二人に言い残して解散した。合流は今夜だそうだ。 現在サムとディーンはホテルの一室にいる。ディーンはシャワーを浴び、サムは持参のPCを開いて検索していた。 そこへシャワーを浴び終わったディーンが戻る。 「やっぱ日本のホテルは便利でいいなぁ。向こうじゃやっすいモーテルなんてこんないいもん揃ってねぇし」 このホテルは二人の日本滞在の為ハンター協会が用意したホテルだった。あの湖がある街からは離れているが、立地場所は良く、すぐに電車に乗って目的の場所に向かう事ができる。今回は隠密でもない為堂々と観光に来た外国人として街を出歩く事ができるので二人はほっとしている。 ディーンはシャワールームに揃えられているアメニティから髭剃りを取り出す。口元のヒゲはボディソープで塗り剃刀で綺麗に剃毛され、肌に負担がそこまでないのか、剃毛後のヒリヒリが感じられない。 「おいサム見てみろよこりゃスゲー!しかもこれタダだぜ!なぁ今度もまた日本で仕事がありゃ志願しようぜ」 PC作業中のサムは兄の呆れた観光気分に溜め息を吐いた。 「あのさ、ディーン。僕たちの目的はカズキ・アリサカの救出だろう?協会だって今回の件は重大事例に取り上げている。一刻も早く救出しないと」 「で、お前ソイツ救出してどうすんだ?礼として昨日のあの娘と一発ヤルか?」 「なんでそうなるんだよ」 真矢の事だ。 昨日ディーンは真矢を一目見てサムの好みのタイプの女性だろうなと思ってはいた。サムは女性の好みが亡くなった母親を彷彿とさせる人物が多い。真矢は日本人特有の外見をしているし、穏やかな性格をしている。日本人特有のものか、多少容貌が幼く見えるがアメリカの自己主張の強い女性と比べたら雰囲気が落ち着いているし、弟ならこういう女性が好みなんだろうなとディーンは思った。 こんな仕事をやっているからか、弟はどこか安らぎを求めている節があった。 「そうだなぁ。帰る前にあの娘と一発ヤッて種残すのもアリだなぁ。そしたら俺はどっかの和風美女をナンパして忘れられない夜を演じ」 「ディーン!!」 兄に余計な心配をされサムは思わず声を上げた。 なんで始めて会った日本人とセックスしないといけないんだ。 「余計なお世話だよ。僕だって、大学にいた頃彼女だっていたさ」 サムが大学にいた頃、ジェシカという同じ法律学を専攻していた同級生と付き合っていた。友達が少なかった自分にとって大事な存在だった人だった。 しかしサムが大学を休学以降、連絡も取れていない。もう一年会っていないが彼女のSNSを見ると弁護士として活躍している事が伺えた。サムは彼女が元気に過ごしているだけでも嬉しかった。 ニシシ、とニタついた顔で歯を見せて笑うディーンはPCを操作しているサムの肩に手を置いた。 「冗談だよ。お前が童貞なんだよ。もうそろそろ女を抱いたらどうだ?このままじゃお前、魔法使いになっちまう」 「本当に余計なお世話だな、兄貴は」 兄とハンターの仕事に就いてもうすぐ一年になる。あまり関心しないが、兄貴は美しい女性を見ると必ずナンパしてホテルに連れ込んでいる。女性に恨みを買われないか心配になるくらいだ。 ふとディーンはスマートフォンを取り出すと通話機能を指でタップしてスマートフォンに耳に傾けた。 「おう、俺だ。ボビー、ちと調べて欲しい事があるんだ」 [どうしたんだ?] ディーンは、アメリカにいる父の友人ボビーに電話をかけた。PC操作中だったサムが、一旦作業を中断して兄とボビーの会話を聞いている。 父が亡くなって以降、ボビーはディーンとサムの仕事をサポートしてくれる。向こうから自分たち兄弟に電話してくることはあっても、ディーンからボビーに電話することは滅多にない。 ディーンは昨日の湖の出来事をボビーに話した。詳しくは速水が調べてくれているが、どうしたのか。 「実はな、調べて欲しいやつがいるんだ」 ※※※ 時刻は夜九時を回っていて、今夜は新月だった。樹海は生温い風が吹いており、肌に纏わり付いて不快な気分にさせてしまう。昨日も同じような風が吹いていて、この樹海は生者の侵入を快く思っていないことが窺えた。 再び樹海の入り口にディーンとサムが到着すると、肩にショルダーバックを背負った速水がもう一人若い退魔師が既に待っていた。長身の速水と比べて頭一つ分身長が低いその男は、派手な赤ジャケットに黒のスウェットとラフな格好をしている。短髪で金髪に染めた髪には多少癖毛があり、樹海の生温い風に遊ばれるように靡いている。 「速水、誰だコイツは?」 始めて見る顔に、ディーンは厳しい表情を向ける。しかし、彼は意に返さず、自分からディーンに名乗った。 「俺は照史といいます。一希の同期で同じ退魔師です。俺も行かせてください」 照史の紹介に隣にいた速水が付け加えた。 「一希と同期の退魔師照史だ。今回来てくれる事になった」 速水が説明すると、サムが自己紹介する。 「サムだ。こっちはディーン。僕たちは協会からの指示でカズキ・アリサカの救出を手伝うことになった」 「おっす」 「よろしくっす」 ディーンは照史に挨拶する。 照史は、あの廃墟のホテルでヴィンセントにダメージを負わされ、療養の為に入院していた。今回速水から話を聞き、無理矢理退院して合流したという。 「いいのか?怪我はまだ完治していないんじゃないのか?」 サムは言った。 「いや何、病院のかったいベットなんてしばらく懲り懲りですよ。腕も鈍っちまうし」 照史はブンブンと軽く肩慣らしする。速水によると照史も数年キャリアを積んだ退魔師で、あの淫魔王にも遭遇している。今回は照史の志願だという。 「連れ去られた一希は、俺のダチなんだ」 高校生の時二人とも速水にスカウトされた。それから共に退魔師として妖魔を退治し、昼は学生として生活していた。当然照史も妹真矢を知っている。妹のために助けなければならないと思い今回志願したという。 「俺も退魔師だ。治ったっつてもアンタらに迷惑をかけたりしねぇし、あのホモ淫魔をぶっ倒してやりてぇだけだ」 廃墟のホテルで全裸にされ自失した一希を助けることができず、そのまま連れ去られたことが今でも悔しい。 淫魔は人間の性衝動を促し生命力を吸い取る生き物だ。淫魔に襲われた人々を見てきた照史は連れ去られた一希を心配していた。 照史の言葉を聞き、ディーンはしょうがないと呆れた。呆れたが、照史の意思を理解したのだろう。まだ怪我が完治していないがディーンは分かったと、同行することを認めた。 「だがテメェの身はテメェで守れ。生憎だが遠足に行くわけでもねぇ」 「そのつもりだ」 「いいのか?」 サムが言った。 「しょうがねぇだろ。それに、監視は一人でも多い方がいい。だろ?速水」 「監視?」 サムは聞いた。 聞かれた速水は一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻し、そうだなとうなづいた。 サムは少し疑問だったが、あの湖を見て兄は何か気づいたのかもしれない。 「昨日の湖の資料だ。見てくれ」 速水はショルダーバックから、アイパッドを取り出すと、資料をスキャンしてきたのか、膨大な古書がPDFをタップして三人にも見えるように拡大した。 「あの魔物は、やはり湖の水神だった」 湖についての詳細な資料が書かれている。この資料は大正時代にあの土地を没収した役人のもので、現在は市の図書館の倉庫に厳重に保管されていたのを速水が図書館のスタッフに頼んで見せてもらったそうだ。 当時はかなり難航したのだろう。 資料には土地の没収に反発した住民が、役人の家に暴動を起こし、警察が出動したことが書かれている。地元住民には再三説明したことが書かれていたが、理解が得られず納得されないまま役人が強引に土地を没収し除霊に至ったことが書かれていた。 「なぜ住民は反対したんだ?皆恐れていたのに」 サムは率直に思った。確かに、わざわざ役人がこの土地を没収して除霊してくれるなんてそうあることじゃない。むしろ有り難い話だった筈だ。 現代でもそうだが誰も近寄らない土地なんて曰く付きだ。身分の高い人間なら頼まれても、嫌がっただろう。しかしこの役人はこの土地を没収という形で土地を買い上げ除霊もしている。一体何があったのか。 「さらに進めていくと、どうやら当時から行方不明者は出ていたらしい」 さらにPDFを進めていくと、当時の新聞があった。見出しには【村周囲ニテ失踪者多数】とあった。 「原因を調査したその役人は、失踪者がこの樹海に入り込んでいることを突き止めた。知り合いの霊媒師に樹海と湖周辺の除霊を依頼した。そして、人身御供の犠牲になった人々の魂を供養するためこの地蔵を建てたらしい。だが・・・」 速水は短刀で地蔵に絡んでいる蔓を伐採していく。すると地蔵の顔は破壊され、他の部分も砕かれたところがあった。 「ひでぇ・・・」 思わずディーンは驚いて口にしたが、サムも照史も同じ気持ちだった。 地元住民が土地の没収を暴動を起こしてまで反対したのは、大昔から存在したこの湖が失踪者を引き寄せていると結論付けた役人に対する反発だったのだろう。そして霊媒師が建てた地蔵を誰かが目の敵にして、こうして破壊したのだ。その霊媒師は家族も誰もおらずこの地蔵を建立した数年後に結核で亡くなったそうだが、役人の方は生涯この樹海を手放す気はなく、自分が死ぬ時遺言で家族に管理を任せた。現在のように自治体が管理するようになったのは戦後の混乱期からだそうだ。 「役人の資料によると、あの魔物は霊媒師が除霊中にもやはり現れたらしい。あまりにも強大な妖気に霊媒師も封印できず、湖のみしか活動できないようにすることで精一杯だったそうだ」 霊媒師はあの魔物となった水神が陸に上がり村人を襲うことをとても警戒していた。水神自体を封印することはできなかったとしても周辺の樹海に封印の術を施すことは可能だったそうで、樹海の中から出られないよう結界を張り霊媒師死後も現在に至るまで結界は継続している。 資料はこれで以上になるが、肝心の魔界への行き方はどうすればいいのか。 「あの湖が魔界への入り口になっているのは間違いない。俺に考えがある」 三人は速水の話に耳を傾けた。 サムや照史は、無謀だと言ったがディーンは分かったと了承した。魔界に向かう方法がそれしかない以上、反論しても始まらない。一刻も早く一希を救出しなければならないからだ。 「行くぞ」 ディーンの合図に四人は再び樹海へ入っていった。 湖に到着した四人は、早速速水に魔界への行き方を確認した。 「まずは水神が出てきたら三人で気を引いてくれ。その間俺が血を一滴湖に流す。そしたら四人全員で湖に飛び込むんだ」 やはりというべきか。 昨日と同じように、透き通った湖から泥が溢れ次第にドロン、ドロンと泡が溢れていく。あの幼い少年の声で『あそぼう』という声も聞こえる。 「な、何だ、これ」 事情を知らない照史が透き通る湖の変化に困惑する。しかしディーンがそんな照史を一喝した。 「ビビってんじゃねぇ!これからさらにやべえ奴が出て来るぞ!」 昨日と同じように、全身黒ずくめの魔物が現れた。魔物は四人目がけて陸に上がろうとしている。 「今だ!頼む!」 速水は魔物を避け咄嗟に湖へ向かう。 水面に到着した速水は短剣を取り出し、自らの指の腹を一傷付け湖の水面に血を一滴流した。 しかし逃がさないというように魔物も後を追う。 「オメーの相手はこっちだ!シカトしてんじゃねぇ!」 ディーンは銃を構えると魔物に向かって二発放った。二発の弾が魔物の体内に留まる。 「アイツ、銃が効かないのか!?」 照史は驚いたが、サムとディーンは承知済みだった。 「おう。それは承知だ。見とけ」 すると体内に留まった二発の弾が魔物の中で弾けた。液体状の魔物は拡散したまま湖に沈んでいった。 「オッシャー!弾に仕込んだプラスチック爆弾がうまくいったな!」 実はディーンは、昨日の魔物の特徴から銃での退治は不可能と判断していた。していたが、銃以外で倒せるか難しくならば弾に爆弾を備えて体内で暴発する手段をとった。原理はアメリカ海軍所有の対潜水爆弾だ。 速水の流した一滴の血が、泥を混ぜた湖から蟻地獄の渦巻きが現れた。恐らくこれが魔界への入り口。 「みんな!早く!」 速水が三人に向かって叫んだ。 すぐ近くで爆弾にやられた魔物が身体を再生し、速水に襲い掛かろうとしている。 速水は咄嗟に蟻地獄に飛び込んだ。続いて照史、サムと続き、最後のディーンは魔物の体内にもう一発撃ち込んだ。 「オマケだ!有難くもらっとけ!」 ディーンも渦巻きに飛び込み、残された魔物は再び液体を拡散し湖に沈んでいった。 ※※※ 湖から飛び込んだ四人は、あの鬱蒼とした樹海と打って変わり美しい花々が咲く空間にやってきていた。 「どこだ?ここ」 サムは言った。他の三人も同様だ。 ここは魔界なのか。間違えて別の空間に来てしまったのか。 すると四人の目の前に紫色の癖のある髪を肩まで垂らしている妖艶な女性が映った。女性は気づいて四人に近づくと、艶やかに微笑む。 「ようこそ。ここは魔界の入り口よ。貴方たちの望みを全て叶えてあげるわ」

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