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第13話 番の役目と身体の変化 3

一希の観衆プレイは最高な盛り上がりを見せ、終了後も淫魔王の番を見ようと観客の妖魔たちがステージに登壇する。しかし、絶頂を迎えて自失した一希をヴィンセントは横抱きにしたまま、観客を無視してステージを降りる。 「ヴィンセント王」 観客の妖魔の一人がヴィンセントを呼び止める。呼ばれたヴィンセントは立ち止まり男に振り返る。 尖った耳はヴィンセントやゼルギウスのような淫魔と同じだが、口端に鋭い牙があり、短髪の金髪。厳つい容貌で、一希を抱えたままステージを降りるヴィンセントを見据える。容貌三十代後半~四十代くらいだろう。彼は人狼族の者で、ヴィンセントの友人の一人だった。 「ヴィンセント、その人間は淫魔王であるお前の嫁さんかもしれんが、ここの連中はそんなことで納得しないのはお前も知っているだろう。その人間を競売にかけないというのなら、観客として来てくれた彼等に貸してはどうだ?」 男は、一希が痴態を晒す間、妖魔たちの妖気が上昇していることに気づいていた。妖気が上昇すると妖魔は理性がなくなり、見境なく殺し合いが始まろうとしていた。現に一希の痴態に当てられて、悶える姿を近くで見ようとステージに登壇しようとした妖魔はいくつかいた。多くの妖魔は人間の若い男の痴態を鑑賞できて殆どの客層が満足した。彼等のサディスト性が裸にされて怯えた人間を見て興奮した客層も多かったからだ。 かろうじて血の海にならなかったのは、男が事前に片付けたからだ。 淫魔もそうだが、魔界の住民にとって人間は基本的に食料である。人間をどう食すかは種族によりけりだが、淫魔族や人狼族は人間の生気を、竜人族やバンパイア族は人間の生き血か内臓を食料とする。ヴィンセントもそれは承知していたため、当初ドールハウスの披露目に一希を参加させたくなかった。なかったが、それでは一希の収容に許可が降りなかったのだ。この場所に身体が馴染んでくれれば魔界に連れて行ってもそう簡単に瘴気に当てられても死ぬことはないだろう。そう算段していたが、ドールハウスの入所のため、今回の披露目のみ渋々承諾した。 「コナー、今回の披露目はドールハウスのオーナーと妥協して開催したものだ。これは私の所有物。私以外の者に触れさせるつもりはない」 「惚気話はいくらでも聞いてやるが、観客たちはどう納得させる。いくらお前が淫魔王だからといって、人狼族の俺を含め竜人族やバンパイア族の王子だっているんだぞ。俺たちは魔族だが、基本的に皆人間に飢えている。せめて、その男の生気を分けてくれないか?もちろん殺しはしない程度にだが」 コナーの言葉にヴィンセントは観客の妖魔たちを見渡した。彼の言うように、視線は皆自失している一希に向いている。 だが、ヴィンセントは意に返さずというように踵をかえすとそのまま会場を後にする。 「ヴィンセント!」 コナーは呼び止めた。 「コナー、これは私の#所有物__もの__#だ。誰にも触れさせる気はない」 「分かったが、もう一つ確認させてくれ。お前の番、日本から連れて来たんだろ?日本人は黒髪かそれに近い茶髪、瞳の色は黒か茶のどちらかだったはずだ。その人間は違うな。髪の色はともかく、瞳の色はなぜお前と同じ色をしている?一体どういうことだ」 ヴィンセントはコナーの問いに黙っていた。 確かにコナーの言う通り、日本人には自分のような目立つ色の瞳を持つ者は一希以外知らない。なぜ一希が自分と同じ色の瞳をしているのかは、今この場で言う必要のないことだ。 「それはこれから調べる。もう一度言うが、我が番は誰にも触れさせる気はない。そろそろ失礼する」 そう言うとヴィンセントは一希を横抱きにしたまま、今度こそ会場を後にした。 妖魔達は何も言えず、ヴィンセントを見送るしかなかった。ヴィンセントと一希が見えなくなった頃、数人の妖魔は声を顰めて話し合った。 「あの淫魔王は、かなり独占欲が強いと見える」 「もう一人の方は誰彼構わず食い回しているくせに」 「番を見つけると、淫魔も変わるという事か?」 「なんだそれは・・・クスクス」 フフフ・・・。 妖魔達の嘲笑は、会場を後にして一希を寝かせていた部屋へ向かう道中のヴィンセントにも届いてはいた。しかしそれよりも自分の腕の中で眠っているこの人間の傍を離れたくなかった。 「番を見つけると、淫魔も変わる・・・か。あながち、間違ってはいないな」 #一希__つがい__#を見つけるまで、自分は孤独の時間が長かった。 もともと自分が淫魔王に即位したのは、ずいぶん昔の話だ。先代の淫魔王死亡に伴った世襲である。淫魔王として即位後も人間を攫ってセックスして生命力を吸い取ってはいた。 永遠の時間とも言える、淫魔の寿命は魔族である以上果てしなく長い。自分に言い寄ってくる人間も男であれ女であれいたが、どれも食料としか考えられず、単調な日々を送っていた。 しかし七年前、自分の腕の中で眠るこの人間を初めて見た時、強い渇望が自分を襲った。 初めて見た一希の最初の印象は、素朴な人間の少年、だった。 平凡な生活を送っていたのだろう。孤児のような厭世的な表情ではなく、金持ちのような傲慢さが鼻につくわけでもない。両親に愛されているのが分かる穏やかな少年だった。 同時に、日本人の瞳の色とは違う、彼の瞳の色に惹かれた。 この人間が自分を見ていた時、自分と同じサファイアブルーの瞳に自分が映っている事に強い高揚感を覚えた。 その時、ヴィンセントは悟った。 自分の番は、この子なのだと。 今すぐにでもこの子と番になり、私の愛玩奴隷に仕立てあげたいと思った。だが問題なのは少年の霊力の脆弱さだった。 魔界の瘴気は強力だ。脆弱な生き物などすぐに臓器を腐敗させて死んでしまう。人間として生活していたこの子はすぐに死んでしまうだろう。 ならば霊力が上がるのを待つしかない。この七年、一希は退魔師として実力を上げていった。部下たちからの報告を聞く度、一希自身が日々成長していることが分かり、自分の手元にやって来ることを今か今かと待ち続けていた。 そして先日、再会した時自分の魔力の強さを感じ取り、警戒して自分と距離を取ったのもまさにその証拠だった。すぐに私の体液を与え、私も一希の体液を啜った。 すると驚くほど甘露。そして美味。これが、あの子の体液であり、あの子の生命力なのだ。 私はこれで一希以外からは体液をもらわないと決めた。 同時に私の中でこの子を完全に私の愛玩奴隷にすると。この子の思考を私で満たそうと、心の中で決めた。 だから魔界に連れて来た。 自分の番とするために。 だがヴィンセントには一つ気がかりな事があった。 一希の仲間である退魔師達である。あの建物には一希との再会を邪魔する無作法者を排除するために結界を張っていた。だが一希の仲間である二人の退魔師は、私と一希がいた部屋まで侵入できていた。恐らく、私と話していたあの男に『何か』あるのだろう。 彼等は仲間であるこの子を連れ戻そうと魔界へやって来る。そして今の一希なら人間界へ帰還しようとするだろう。まだ人間界への未練を残しているし、何よりも一希自身が彼等を待っている。自分の番にならないと拒絶し、人間界へ戻ろうと私から逃げようとした。今頃彼等は人間界で魔界へ通じる扉を探して模索しているに違いない。 ならば来てもらおう。人間にとっては不利なこの魔界に。一希に再会し絶望するといい。奴等に倒された部下たちの仇だ。そして、自分達の無力を痛感するといい。 *※※※ 一希が目を醒ましたのはその翌日だった。ゼルギウスが食事を運んで来たタイミングで目が覚め、そのまま食事という形になった。 「ちょうどお目覚めになられるかと思っておりました。お食事をどうぞ」 ゼルギウスの誘導に一希は何も言わず、テーブルに座った。まだ身体に怠さが残っていた。 昨日は、ゼルギウスに身体を嬲られた後、多くの妖魔に自分の痴態を見られた。正直話したくないし、食事をしてもまた身体を嬲られるだろう。 「昨日は素晴らしかったですね。昨日の観衆プレイ、多くの妖魔が貴方様に触れたくて興奮しておりましたよ。まぁ、王が許しませんでしたが」 ホットティーをカップに注ぎながらゼルギウスは言った。その所作が丁寧で見惚れてしまう。今日の彼の格好も、本物の執事そのものである。白いシャツに黒のネクタイ、黒のカマーベストと黒いスラックス、髪は出会った時には白髪の長髪だったが、今は黒髪の短髪で片方に流れるように揺れるアシンメトリーヘアにしており、彼によく似合っている。 昨日始めて会った時よりも人間に近い姿に一希は少し親近感を覚えた。 「今日はあっさりした甘めのアールグレイティーでございます。お身体を休めるよう、王からの指示でございます」 「あ、ありがとう・・・」 一希はスプーンを持つとゆっくりと食べ始めた。魔界で出される食事は一希の栄養バランスが考えられている。 今日の朝食も豪華だ。金属製のカップに野菜と肉がたっぷり入ったトマト煮の上にパン生地を乗せて焼き上げたパン料理のガルジョーク、豆と野菜をマヨネーズとオリーブオイルで和えたオリヴィエサラダ、キャベツと肉を煮込んだスープのシチー、デザートにフルーツの盛り合わせと日本育ちの一希に馴染みがない料理ばかりだったが、ゼルギウスが人間界の料理を模倣して作ったという。 一希はシチーを一口口に入れた。美味しい。肉の染み込んだ味はするがキャベツのあっさりさも相まって、あまり濃い味には感じなかった。 「美味しい」 昨日の観衆プレイで身体の怠さもあり、あまり話したくなかったが、料理の美味しさに思わず一希は声を出して、表情も崩れてにやけてしまう。 前回もそうだったが、魔界の料理は栄養だけでなく彩りもバランスがいい。自分がいた日本の食事も懐かしさを感じてしまうが、これはこれで一希は気に入っていた。 「よかったです。どうやら一希様のお口に合っていらっしゃいますね」 「うん、これホントに美味しい。ゼルギウス、これヴィンセントの指示で作っているんだろう?何でヴィンセントはこんなの知っているんだ?」 淫魔王のヴィンセントが人間界の料理を知っているのは正直驚いた。速水から聞いた事があるのは、魔界は妖魔の世界で基本的に弱肉強食。料理という文化はなく、腹が減れば即食うのみだと。淫魔王のヴィンセントが料理という文化を知っているのか疑問だった。 「我々淫魔の食料は確かに人間の生命力です。ですが、多くの淫魔が人間界へ降り人間と食事をすることもありました。私も人間界へ降りた時始めて料理という文化を知ったのです」 ヴィンセント自身も人間界に降り人間の生命力を吸い取って生きている。その前に人間に近づくために人間と食事を取ることもあったという。 「一希様、我々淫魔と人間は縁が深いのです。淫魔は人間とセックスすることで腹を満たすことができますし、人間も性の快感を知ることで子孫を残すことができます。つまり我々は蜜月の関係ということ。淫魔を嫌悪することはご自身を嫌悪するということと同じなのです」 まるで人間と淫魔は表裏一体と言っているようだ。と一希は思った。 そんなに密接な関係なら、なぜ淫魔は自分たち人間を襲っていたのか。 「そうなのか?それ」 「ええ、少なくとも昔はそうでした」 昔は・・・? 含みを持たせたゼルギウスの言い方に、一希はどういうことか尋ねた。 「今は我々も人間にとっては邪悪な魔物なのでしょう。一希様のような退魔師の方々に仲間は次々に倒されてしまいました」 それは#淫魔__そっち__#が人間を襲っているから。 思わず一希は言いそうだった。淫魔に襲われた人間を一希は何人も助けたことがある。淫魔に襲われ性への後遺症に苦しむ人たちだっている。退魔師の役目は人間界に降り立った邪悪な魔物を排除すること。 この七年、一希は淫魔だけでなく他の妖魔だって排除してきた。皆共通するのは『人間は食料』だということ。種族によるが、人間を食い尽くす魔物の顔は悦に浸っており、その表情に一希は何度も恐怖を感じていた。それは一希の中で妖魔を排除する理由にもなった。 そのため、ゼルギウスが人間と淫魔は表裏一体だという話が一希は納得できなかった。 しかしゼルギウスの話は一希にとって予想外だった。 「本来我々淫魔と人間は同じ世界で暮らしていました」 「え!?そうなのか?」 以外だった。今は人間は人間界に、淫魔は魔界に暮らしているが、昔は二つの種族が同じ世界で暮らしているなんて初耳だった。 昔話を語るようにゼルギウスは穏やかに言った。 「多くの淫魔は人間に恋しましたし、人間も我々淫魔に好意を持ってくれていました。もちろん、人間と淫魔の子どもだって昔は多くいましたよ。ですがいつ頃か・・・」 突然ゼルギウスの表情が曇った。 「人間の中に、我々を邪神呼ばわりして迫害する者が現れました。彼等は『神の御意思だ』と謳い多くの同胞たちが彼等に殺されました」 えっーー? 一希は驚愕した。 ゼルギウスの話から淫魔と人間は共生していたことが分かった。しかし、先に淫魔たちを迫害し命を奪っていたのが人間だったとは、一希は知らなかった。速水から聞いていた話とまるで違う。 「このままでは、淫魔族の絶滅もあり得る話でした。そこで我々淫魔族は『国』を建国し、淫魔族の絶滅を免れるため王を立てました。それがヴィンセント王のお父上です」 「ヴィンセントの、父さんが?」 「左様です。前王は建国後、人間の王を倒すため人間界へ向かいました。しかし失敗し、番となった王母様も人間に殺されました。その頃には、王も生まれておりましたので、王はよく存じております。王は前王の意思を継ぎ即位されました。五百年前の話です」 「そんな・・・嘘だろ」 しかしゼルギウスは首を横に振った。 「全て事実でございます。その頃は私もいましたのでよく覚えています。お母様を殺されて、前王もヴィンセント王もとても落ち込んでおられました。前王は、それがもとで亡くなられたのです」 一希は押し黙るしかなかった。 恐らくヴィンセントは、両親を殺された復讐心から王になったのだろう。 ならば、今まで淫魔を倒してきた自分や仲間たちに何かしら危害が及ぶかもしれない。 仲間たちが危険だと直感が告げる。自分を番にするというが、自分も退魔師だ。仲間たちを倒した後に自分にも危険が及ぶはず。何としても仲間に遭わなければ。 「ゼルギウス、頼みがある」 「どうされました?」 「俺を人間界に連れて行ってくれ。知らせたい人がいるんだ」

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