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第19話 葛藤と再会 4

翌日、ドールハウスの外は厚い黒雲が空を覆い、雲の間に小さな稲妻が走っていた。空気は湿気を孕んでおり、大気は淀み、重いと感じるくらいだ。 昨日のヴィンセントの宣告通り、一希は淫魔城に出立するため、ヴィンセント達と外に出ていた。 始めて一希は地上に出た。ドールハウスは地下に建設されている事はゼルギウスに聞いたが、実際外から見るのは始めてだった。 中世期のヨーロッパを彷彿とさせる白い石垣の城は本城をさらに白い石垣の壁で囲まれている。ドールハウスから脱走するドールの逃亡防止に造られているという事だ。 一希を囲むようにしてヴィンセントとゼルギウス、彼の部下の中級淫魔四人がドールハウスから出てきた。一希の首輪の鎖はヴィンセントが握っている。 ゼルギウスは本来の白髪の長い髪に、青色のストライプスーツにベスト、スラックス、薄いブルーのシャツに黒いネクタイを身につけている。 ヴィンセントは漆黒の長い髪に対し黒のフォーマルスーツにベスト、スラックス、白いワイシャツにストライプが入ったネクタイにダイバーが付けられている。そして白いファーが付いた黒のロングマントを着用している。 二人ともあまり華美ではないが、どこか美しさを感じさせるスタイルだった。 一緒に外に出て来た女性に、ヴィンセントは謝礼の言葉を言った。 「世話になった」 この女性がドールハウスのオーナーなのだろうか。 白い肌とエメラルドグリーンの瞳に巻き毛の金髪は、肩まで伸びており、ふわふわな髪が風に靡いている。白いシャツは胸元が強調されており、白いシャツに黒のスウェット、服にフィットするスタイルの良さとそのスラリとした長躯な姿にまるで仕事をスマートにこなすキャリアウーマンを想像させた。 長身のヴィンセントと並ぶと頭一つ分背が低い印象があるがそれでもゼルギウスの身長と同じくらいかと思ってしまい、一希にしては顔を見上げだけでも首が痛くなる。 淫魔は皆総じて長身だ。一希自身身長173cmと中背であるが、ゼルギウスは一希よりも大きいし、ヴィンセントはさらに大きい。 彼女はヴィンセントと柔かに会話しているが、その横顔はニコリと優しげに笑っているのにどこか油断ならない警戒心を覚えてしまう。 「あれが、#此処__ドールハウス__#のオーナーです。一希様」 ヴィンセントが会話する姿を不安そうに見守る一希にゼルギウスが背後からこっそり耳打ちする。 「彼女は#淫魔__サキュバス__#のイエヴァ様です。今回貴方様が入所されたのは彼女の許可があってこその話です」 イエヴァはヴィンセントに一礼する。 すると、一希に近づき顎に指を置くとクイッと自分と視線を合わせた。合わせた視線にイエヴァは一希の額にキスを落とした。 「あら可愛い。やっと貴方とお近づきになれたわね、一希様」 イエヴァは、一希の身体を品定めするよう瞳孔を動かした。その動きに一希はゾクッと背筋が悪寒で走る禍々しさを感じた。 「早く貴方にお目にかかりたかったわ。ヴィンセント様の番というから、どんな方か拝見したかったのに、私との接触は禁止ですって。もう、男ってどうしてこんな独占欲が強いのかしら。こんなに素敵な姿なのに、今日が初対面なんて残念」 一希の格好は首輪とシルク製のガウンのみ。ガウンの隙間から両性具有化が進んで膨らんだ乳房がこっそりと見え隠れしている。その見え隠れする乳房にイエヴァの瞳孔が光った。 「美しいわ・・・。両性具有って素晴らしいじゃない。私、女の子の身体って大好きなの。今の貴方の身体、私に見せてくれない?」 「さっ、触るな!」 悪寒が走った一希は、イエヴァの手を振り払うと、彼女と距離を取った。 「あら?淋しいわ。嫌われちゃった。折角一希様とお近づきになりたかったのに」 残念・・・。イエヴァはそう呟くが、目は獲物を捕食しようと真っ直ぐに一希を見つめている。 一希はガウンの袖を胸元が見えないようきっちり着直した。まだ悪寒が残っている。 「一希様、ヴィンセント様に飽きましら、是非ドールハウスにお戻りくださいませ。私、最高の快楽を一希様にお与え致します。いつでも大歓迎ですわ」 イエヴァの目は一希しか見ていない。 底が知れない恐怖はゼルギウスと同じかそれ以上だと一希は思った。 しかし本人がいる前で言う事でも無いだろうとふと思った一希は、ちらっとヴィンセントを横目で見た。 しかしヴィンセントは彼女の挑発に応じる様子がない。 むしろ、フン、と彼女を鼻で笑った。 「私への意趣返しとは幼稚な言動だな、イエヴァ。残念だが一希が私から離れる事はまず一切ないと断言しておこう」 断言したヴィンセントにイエヴァはクスクスと笑う。 「まぁ、自信家だこと。では一希様は番になられる事を受け入れられたのかしら?」 「私の一希への愛は本物だ。一希も感じたからこそ、両性具有化が始まった。直に一希から良い答えが聞ける筈」 イエヴァはこれに鼻で笑った。 「ホホホッ。ではまだ番になられる事を受け入れていらっしゃらないとヴィンセント様は認められるのね?」 対してヴィンセントもイエヴァの結論付けた物言いに失笑する。 「早急な結論だな。いくら番と言えど、これは一希と私の問題。身体に変化が訪れて間もない今に結論を急くのは淫魔王として恥ずべき行為だ」 イエヴァとヴィンセントの間をバチバチと激しい火花が走っているように一希は見えた。 この2人、もともと険悪な関係なのだろう。どちらも鋭い目つきになっている。体格差ではヴィンセントが優っているが、イエヴァはそれに臆せずヴィンセントの隙を狙おうと蛇のように睨め付けている。はっきり言ってどちらも怖い。 そこへ割って入ったように、ゼルギウスが手をパンと叩いて険悪な雰囲気を打ち破った。 「ハイハイお2人共。一希様を巡って壮絶な戦闘を行いたければ、また後になさってください。一希様が怯えていらっしゃるではありませんか」 一希だけでなく、部下の中級淫魔達も若干怯えている。彼等の表情が硬くなっている事が分かった。 怯えている一希を見てヴィンセントは先程の雰囲気から一転して穏やかな口調に変わり、安心させるように一希の肩に手を回した。 「悪かったね。年増の相手をしていたら、つい本音が出てしまった」 このヴィンセントの言葉に、イエヴァに衝撃が走った。 「年増・・・!?」 ヴィンセントは一希に自分のロングマントをかけると一希を抱き上げ出発の準備をする。しかしヴィンセントの背後に聞き捨てならない言葉を拾ったイエヴァが徐々に鬼の形相に変化し、ヴィンセントに牙を向けた。 「貴様・・・!言わせておけば!」 鬼の形相に変化したイエヴァは爪が鋭く変化し、一希を抱えたままのヴィンセントに襲いかかる。しかし瞬時に交わしたヴィンセントはそのまま飛行し、イエヴァに言った。 「王の私に無礼だよイエヴァ。またその爪を剥ぎ取ってやろうか?」 悠々と飛行するヴィンセントは、片手の掌をイエヴァに向けた。すると、イエヴァは衝撃波を受け城の外壁に激突しそうになるが寸でで止まった。  照史を壁に撃ちつけたあの衝撃波だ。 「ふざけるなヴィンセント!よくもこの美しい私を年増呼ばわりしたな!」 ヴィンセントの一言に先程一希を誘惑した美しい顔と打って代わり、恐ろしく醜い鬼の形相に変わっていた。 飛行するヴィンセントは形相が変わり犬のように吠えるイエヴァを興味なさげに無視してそのまま淫魔城に向かう。 「城に戻るぞ」 部下の中級淫魔達もヴィンセントに続くように順番に飛行する。 大騒ぎするイエヴァに、ゼルギウスは彼女を宥めるよう、落ち着いてくださいと言った。 「イエヴァ様、今回はどうもありがとうございました。ヴィンセント王に替わりましてお礼申し上げます。もし宜しければ」 ゼルギウスは興奮するイエヴァにこっそりと耳打ちするように言った。 「後でお好みの人間の少女達を何人か見繕って参りますので、どうか怒りをお沈めください」 「え、本当!?」 鬼の形相と打って変わり、パッと花が咲いた少女のような無垢な笑顔に戻ったイエヴァはドールハウスを後にするゼルギウスを両手で振って見送った。 「お願いねー!ゼルギウス!」 ※※※ ドールハウスを後にしたヴィンセント達は真っ直ぐに淫魔城を目指していた。その道中、一希はヴィンセントに抱きしめられたまま飛行している。シルク製のガウンの上にヴィンセントのロングマントを着ているが、一希からしてみればサイズが大きくて肌が露出してしまう。空気が澱んでいても飛行により発生する追い風で、急激に体温が奪われていた。 「さ、寒い・・・」 思わず一希は呟いた。 するとヴィンセントの飛行のスピードが若干ゆっくりになる。一希を気遣って飛行のスピードを落としたのだろうか。 「(だったら、服くらい着せてくれたらいいじゃん)」 昨日ヴィンセントから通達された淫魔城の入城の手前、せめて具有化が進んでいる身体を隠すために何か服が欲しいと一希はヴィンセントに伝えたが結局用意してはくれなかった。理由は淫魔城入城まで自分と一希が離れる必要はないから、という理由だ。 そういう問題じゃなく、外に出る以上一希の羞恥心の問題だと抗議したが、当たり前のようにスルーされた。しかも 『そんなに服を着ては一希の体温が分からないじゃないか』 と、ズレた理由で反論された。 かなり真顔で。 ここ数日一希は、ヴィンセントの印象が変化していた。 最初は人間の生命力を食料にする悍ましい魔物だと思っていたのに、ヴィンセントは悍ましいというより変態という言葉がしっくり来る。しかし今まで自分が持っていた妖魔のイメージと違い、ヴィンセントはどこか紳士的で、自分に危険が及ばないよう守られている感じがする。 自分が、ヴィンセントに大切にされている。 それが分かる分、余計に一希を混乱させてしまう。 ヴィンセントは情事後一希の身体を気遣い、身を清め食事を用意させている。その動作がまるで愛しているかのようで、当初よりヴィンセントが恐ろしく感じなくなっていた。 俺は退魔師だ。あの時ゼルギウスの言った事が本当なら俺もヴィンセントにとって敵だ。 なぜこんなに大切にするのだろう。 ヴィンセントは俺を番にすると言った。ドールハウスに収容されて両性具有化も進んでいる。 昨日もヴィンセントは一希が納得する答えを出してくれなかった。 『どうして、俺を選んだんだ?』 自分を番に選ぶ理由が分からない。 ヴィンセントが選んだから? 一希は、それだけが番に選ばれた理由では無い気がした。 魔界の空は辺り一面黒雲に覆われ、それを突っ切るようにヴィンセント達は淫魔城を目指していた。

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