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第20話 葛藤と再会 5

外から見ると、淫魔城は三つの石垣の塔になっている。まるで中世ヨーロッパの要塞城を思わせる造りだ。城の周囲を外壁が覆い、淫魔の兵士が見張りのためか巡回している。地上で巡回している者もいれば、空を飛んで巡回している者もいる。 まるで何かがやって来るのか、やけに警備が厳重に見える。 城に到着した一希は、抱き抱えたヴィンセントからゆっくりとバルコニーに降ろされた。 裸足のせいもあり、床は冷たく感じられた。ヴィンセントに掴まって空を飛んでいたせいか、追い風に晒された身体は悪寒が走っていた。様子の変化を感じたヴィンセントがそのまま一希を横抱きにする。 「お、おいっ」 「このまま部屋まで連れて行こう」 実際身体は悪寒が治らず、まだ震えている。長く空を飛んでいたせいなのか。 一希はヴィンセントの言葉に甘えるように、悪寒に震える身体を預ける形で受け入れた。 「お帰りなさいませ。ヴィンセント様、ゼルギウス殿、お疲れ様でございます」 臙脂色のスーツに身を包んだ初老の男性がニコリとヴィンセント達の帰還を労った。ヴィンセントやゼルギウスと違い、優しそうに微笑むその男性は一希からすると悪意を感じない優しい笑みだった。 「ラウール。一希だ。この子が、私の番だ」 ヴィンセントはラウールに一希を紹介する。ラウールはおめでとうございますと深々と一礼した。 いやまだ俺は了承していない! 一希はそう反論したかったが、身体の悪寒が止まらない上、なんだか身体が重く感じて声に出せなかった。 城に到着して、ヴィンセントの番になる事が徐々に現実になっていた。 ドールハウスにいる間に脱走したかった。でも日夜ヴィンセントやゼルギウスが一緒にいるせいで、逃げ出す事が出来なかった。 「なかなか、可愛らしい方ですな。一希様、長旅お疲れ様でございます」 ラウールと呼ばれた優しそうな男性が一希に笑みを向けている。 「早速ですが、お部屋へご案内致しましょう。一希様はだいぶお疲れですね」 ラウールを先頭に、ヴィンセントは一希を横抱きにしたまま城内を進んでいく。 このまま、この城でヴィンセントの番にされてしまうのか。 このまま、ヴィンセントの子どもを産まされてしまうのか。 一希の震えが徐々に悪化していく。 異変を感じたヴィンセントは足を止めて一希を横目で見た。 「どうした?」 一希は目に涙を貯めていた。 ヴィンセントに視線を向けて、口を開けたまま何かを訴えようとしている。 「あっ・・・、あっ」 涙でヴィンセントがはっきり見えない。 一希に強い疲労感が襲い、意識が消失したのと、ヴィンセントが一希の名前を呼んだのは、ほぼ同時だった。 ※※※ 淫魔城は厳重な警備に敷かれていた。 中級淫魔達は人間の匂いに敏感だった。 速水、照史、ディーン、サムの四人は、ナイフと銃を駆使して中級淫魔達を薙ぎ払った。 城内はかなり静かだった。 誰とも遭遇せず、四人は最上階を目指す。薙ぎ払った兵士の中に淫魔王の居場所を白状した者から情報を得た。 淫魔王は番である人間の青年を連れて、塔の最上階へ行ったと。 四人は最上階を目指す。 階には、両開きの扉になっている広い部屋があった。四人は左右に分かれる。互いに銃とナイフを構え、速水とディーンが扉を蹴破った。 「一希!」 速水は一希の名を叫んだ。 部屋の中で一番大きいキングサイズのベッドに一希は寝かせられていた。その横には一希を見守り、椅子に座るヴィンセントが四人が部屋に入った事を確認すると、立ち上がってベッドから離れた。 その表情には怒りが込められていた。 「よく来たね、退魔師」 四人はナイフと銃をヴィンセントに向けた。彼の後ろには一希が眠っているが、起きる気配がない。 もしかして・・・。 一抹の不安を感じた照史が一希の名を叫んだ。 「一希っ!」 「うるさい。一希は眠っている。耳障りだ」 自分の声が耳障りだと詰られ、照史は目の前の淫魔を睨み付けた。 「ホモ淫魔・・・!テメェ・・・!」 照史は、目の前の淫魔に怒りが湧いていた。 「照史、ダメだ。下がって」 「くっ・・・!」 サムの言葉に、照史に自制が働く。 あのホテルで自分は目の前の淫魔に傷一つ付けられず、呆気なくやられた。また同じ轍を踏むかわけにはいかない。 サムの言葉通り、照史は一旦下がった。 「なぜ一希が眠っている。貴様、一体何をした?」 速水が尋ねた。 ちらっと一希を見る。頬が赤い。苦しそうなのか、荒い呼吸を繰り返している。 「答える必要はない」 ヴィンセントは掌を速水達に向ける。 彼の動作に四人は警戒が最高に跳ね上がった。しかし、彼はそのまま掌を下げた。 四人は面食らった。 ヴィンセントは自分達に攻撃して来ない。 なんだ。 なぜ、自分達に攻撃して来ないんだ。 だが変化は、すぐに起こった。 突然、サムが膝を崩した。 「サムッ!」 気づいた照史がサムに駆け寄った。 「サム、どうし・・・っ!?」 照史はサムの顔を覗き込んだ。ガタガタと歯は震え、顔中に冷や汗が出ている。 「あっ・・・、ああ・・・」 何かを見ているのか? 名前を呼んだ照史を見ず、サムの視線は明後日の方向を向いている。 途端、サムは一人の人物の名を叫んだ。 「ジェシカっ、ジェシカ!!」 「サム!おい!サム!」 驚いたディーンもサムに駆け寄った。ディーンはサムの顎を自分に向けたが自分と視線が合わない。 「ジェシカ!ジェシカぁ!」 「サム!おい!」 ディーンが叫んでもサムは視線を合わせない。何かに取り憑かれたように何度もジェシカという人物を叫んだ。 「愚かだね、人間は」 サムの悲鳴にヴィンセントは煩わしそうに漆黒の髪をかき上げた。 その動作に警戒しながら、速水はナイフをヴィンセントに向けた。 「彼に何をした」 ナイフを向けられても、ヴィンセントは意に返さず速水の言葉を無視した。 「脆弱な心をちょっと刺激するだけで、それ程まで気が狂うとはね」 ヴィンセントは掌をサムに向ける。 「下品な悲鳴だ。眠っている一希の睡眠妨害になってしまう」 状況を察したディーンが黒い銃をヴィンセントに向けた。 「テメェは許さねぇ!」 ーーバンっ! 弾丸はヴィンセントに向けて発泡される。しかしヴィンセントの眼前で、弾は停止し、暴発せずに部屋の床に転がり落ちた。 床に転がる銃の弾を見て、ヴィンセントは溜息を付いて呆れたような表情をした。 「愚かな人間だね。こんなオモチャで、私から一希を奪おうとしていたのかい?」 「煩え!」 ーーバンッ!バンッ! ディーンは銃を連射する。しかし一発もヴィンセントに命中せずに、カラカラと彼の下に転がり落ちるのみ。 「まずは、お前から」 掌はサムからディーンに移動した。 ディーンは衝撃波をまともに受け、城の壁に背中を激突させた。 「ガハッ!!」 背中に走った激痛は、ディーンの肋骨にヒビを入れた。反射的にディーンは咳き込みそのまま気を失った。 気を失ったディーンを見て、速水は汗が滴り落ちる。やはり強かった。四人でも彼から一希を取り戻せなかった。 ふと、速水は一希が寝ているベッドに目をやる。 ベッドには、一希がいなかったのだ。 同時に、ヴィンセントの腕を掴む人物がいた。 「止めろ、ヴィンセント。これ以上俺の仲間を傷つけるなら、俺は一生お前の番にはならない」 金属製の首輪を付けられ、着ているのは薄いシルク製ガウン一枚の薄着姿。頬が紅潮したままの状態で、一希はヴィンセントを見据えた。 「一希・・・」 ベッドから起きた一希は強い力でヴィンセントの腕を掴んだ。 「ヴィンセント。彼等を人間界へ返してくれ。頼む」 「どうして彼等を帰さないといけないのかな?」 一希に向ける表情は穏やかだが目は笑っていない。まるで小さい子どもに言い聞かせるように優しく一希に語りかける。 「一希は、彼等を信用しているようだけど、果たして彼等は本当に私から一希を取り戻そうとしているのかな?」 特に・・・と、ヴィンセントは速水に目をやる。 「この男。こいつが一希を退魔師としてスカウトしたそうじゃないか。こんな得体の知れない男のどこがいいんだい?一希の趣味は分からないな」 ヴィンセントの言葉に一希と速水、照史は唖然とする。 思わず一希はヴィンセントに突っ込んだ。 「なんで今、そんな事言わないといけないんだよ」 「今だからこそだ。君は私の大事な番だ。こんな得体の知れない男に君を渡すなんて私の淫魔としての矜持が許さない」 当たり前のように一希への独占欲を堂々と言ってのけるから、一希は正直恥ずかしくてヴィンセントと視線を合わせられない。 そこへ中級淫魔の兵士達が四人を取り囲む。ディーンとサムが戦闘不能の今、照史と速水では、ヴィンセントはおろかこの兵士全員の相手は不可能だった。 「四人を拘束し、地下牢へ繋いでおけ」 四人は抵抗する間もなく、そのまま地下牢へと連行された。

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