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第22話 別れた子孫達 2
淫魔城は、昔から別名拷問の館と言われ、過去侵入した者は拷問の果てに力尽きて死ぬか、淫魔達に輪姦された上精魂搾り取られて死ぬかのどちらかだった。
今も不当に侵入した者を拷問して吐かせる拷問官は存在し、特に淫魔王であるヴィンセントの命を狙う者は徹底した尋問と拷問にかけて白状させる。そこに一切の妥協はなく、し尽くした後は外に見せしめとして晒されるのだ。
中級淫魔の兵士達は、四人を拘束時ヴィンセントの指示で獲物はないか徹底的にチェックされた。
特に、ヴィンセントから得体の知れないと言われていた速水は、持っていたナイフと破邪の護符は、全て淫魔達に没収され、明日の尋問時には速水一人で淫魔城の玉座の間でヴィンセント自身が徹底的な尋問を行う事が通告された。
速水が尋問されている間、照史、ディーン、サムは地下牢に囚われている。それぞれ一人ずつ収容され、接触は一切不可能な状態にされた。
今速水は、兵士達によって王の間へ連れて行かれている。
淫魔王に敗北すれば一希を助け出すどころか、自分達の身も危険に晒される。兵士の中級淫魔に連れられて速水は王の間に通された。
首輪と手錠で手は後ろに繋がれ、速水は中央の椅子に座るよう促された。
目の前には、上品なスーツと黒いマントを纏い自分を睨み付けながら玉座に座るヴィンセントと、首輪と薄いシルク製のガウン一枚でヴィンセントの膝の上に座らされている一希がいた。
その姿が、とても背徳的だと速水は思った。
美しき淫魔王ヴィンセントは、王の威厳と強さに満ちている。一方、首輪とガウンしか着用していない一希は完全にヴィンセントに支配された奴隷のようだ。だが鎖を持つヴィンセントは膝に乗せている一希の背中に手を回している。
これが背徳的だがどこか美しさすら感じてしまう。
兵士達に連行されてやって来た速水を、心配そうに一希は速水に視線を向けている。
「速水さん・・・」
「一希・・・」
互いに名を呼ぶ。
互いに首輪を装着され一希はその上にヴィンセントが用意した薄いシルク製のガウンを一枚着ている。対して速水は首輪と手錠は装着しているが服装は変わっていない。二人とも囚人のように見えるが、一希の方がヴィンセントの強い執着を感じさせた。
一希と名を呼んだ速水を、ヴィンセントは鋭く睨んだ。
「君に我が番の名を呼ぶ事は許していない。私の問いのみ答えてもらう」
一方的なヴィンセントの命令に速水は彼を睨みつけた。
傲慢な淫魔王だ。
「俺に、何の用だ。淫魔王」
速水はヴィンセントに問う。
ヴィンセントの言葉一つ一つに強い威圧感を感じる。しかしここで自分が折れては一希を助け出す事はできず、自分や照史、ディーン、サムの命も危うい。
彼から放たれる威圧感を感じつつも、なるべく速水は平静を装い、出方を見る。
「まず、これだ」
カラン、と速水の前に一本の黒いナイフが投げつけられた。そのナイフは刃そのものが細く、十字架のような形状で先端が尖っている。新品のような鋭さではなく、刃先が多少刃こぼれしている個所はあるが、今でも使えそうだ。昨日、ヴィンセントが一希に見せた物と同じ物だ。
これは速水が服に忍ばせていた物で、拘束した際身体検査ですぐに発見された。
「これはスティレットナイフだね。造られたのは数百年前だ。君達の時代にはこのナイフは存在していない筈だ。君はどこでこれを手に入れた?」
スティレットナイフは中世期のヨーロッパで製造された殺傷目的が高いナイフだ。主に重傷を負った兵士のとどめを刺すために用いられた。
ヴィンセントの問いに速水は汗を滲ませる。
それを聞いて何が目的だ。この男。
「それを知って、どうする?」
速水は平静を装いながら、ヴィンセントの問いに問いで返した。
「質問しているのは私だ。君はこれをどこで手に入れた?」
ヴィンセントは再度速水に質問を投げかける。
ヴィンセントの目は速水を見据え、憎悪を含めた眼差しは眼力だけで速水を威殺せそうだ。
「それは預かり物だ。お前に説明する必要はない」
ヴィンセントの眼力に内心震えながらも速水はヴィンセントの問いを拒否する。しかしヴィンセントは想定済みのようで、長い脚を組んでさらに速水を追い詰めていく。
「もう一つある。答えられないなら、これには答えてもらおう」
ヴィンセントはそう言うと、スーツの胸ポケットから、何か記載されている一枚の紙を取り出した。それをパサッと一振りし、一希に見るよう促した。
「何だ、これ?」
一希はヴィンセントに聞いた。
「一希、君も知っておく事だ。君は日本で生まれ、両親共純粋な日本人だ。妹が一人いるね」
突然一希の家族を聞かれ、一希は困惑する。しかし事情を察した速水が、身を乗り出そうと椅子から立ち上がり、中級淫魔達に押さえられた。
「や、やめろっ!一希には知る必要はない!」
押さえつけられながら、速水は叫んだ。しかしヴィンセントは速水の叫びを無視し、一希に説明する。
「これは君の家系図だ。どうやら彼も、君に内緒で調べていたようだね」
一希は驚いた。どうして速水は、自分の家系図なんかを調べていたんだ。
「一希、見るな!」
「ーー黙れ」
速水の叫びにヴィンセントは癪に触った。速水を人睨みすると、身体が硬直し、発声できず、うなだれてしまう。
「君の代わりに、私が一希に説明しよう。日本人に生まれた一希が、どうして私と同じ色の瞳をしているかを」
速水は顔を上げ反論しようと口を動かそうとするが、ヴィンセントの術で身体を硬直され発声しようにも出来ず中級淫魔達に身体を押さえつけられた。
ヴィンセントは速水の抵抗に興味がないのか、視線を一希に移すと、自身の膝に乗っている青年に家系図の中で『ソフィア』と『ユーリィ』と記載がある箇所を指で指した。
「まず、この『ソフィア』という人物からだ」
ヴィンセントは長い人差し指をスゥ、と動かして一希に分かるよう家系図に連なる人物を説明する。
「『ソフィア』はもともとルーシ王国の中階級の貴族令嬢だった。淫魔王の番となったある国の姫だ。その名は淫魔王・アレクサンダー。私の父だ」
「ーーっ!?」
一希は驚いた。その家系図の『ソフィア』という人物は、ヴィンセントの母親という事か?
「つまり、その人は・・・お前の、母さんって事か?」
その問いに、ヴィンセントはニコリと笑い首を縦に振った。
「その通りだ。ソフィア姫は私を生んだ女性の名だ」
肯定したヴィンセントに一希は目を見開いた。じゃあ、次の『ユーリィ』はもしかして。
「母がご存命だった頃、よくこの『ユーリィ』という名の男の話をしていてね。彼は、父と出会う前、母の従兄弟であり婚約者だった人物だよ。次は『ユーリィ』を辿ってみようか」
一希は心臓が強く高鳴っているのを感じていた。
何だこれは。その先は、知ってはいけない気がするのに、同時に知りたいと思うなんて。
『ユーリィ』の家系図は複雑だった。
彼自身、恐らく何かの事情で日本に渡ったのだろう。日本人の女性の名前と結婚した後、子どもを数人生んでいる。しかし時代と共に子孫が途絶えた者もおり、系図を辿るのが難しくなっていた。だがヴィンセントの長い人差し指は、徐々に一希の名前が記載されている箇所に近づいていく。
「どうやら彼は日本で子孫を残していたようだね。しかし、殆どが飢餓や戦死で途絶えているね。まぁ、数百年経っているから、その間日本も飢餓と戦争の時代で子孫達が死んで行ったのだろう。ああ、一希の名前があった」
ヴィンセントの指は、一希の名前を指差した。一希も見ると、確かに自分の名前だ。
『ソフィア』と『ユーリィ』。
そこから繋がる『ヴィンセント』と『一希』の名前。
一希は目を見開いたまま、ヴィンセントに視線を向けた。
「もしかして、俺とお前って・・・」
ヴィンセントは一希にニコリと微笑むと愛おしげに一希を抱きしめた。
「そうだ。私と一希は、血が繋がっていたんだ。いわば親戚同士というわけだ」
一希は声を出せず目を見開いた。対して速水は、兵士達に押さえつけられ、ヴィンセントの魔力もあり、ただ項垂れるしかなかった。
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