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第23話 別れた子孫達 3
「俺と、ヴィンセントが・・・親戚?」
目を見開いたままの一希の問いに、ヴィンセントはニコリとうなづいた。
「その通りだ。一希。私達はソフィア姫とユーリィの子孫。私達は運命の番だったんだ」
ヴィンセントがすごく嬉しそうな表情をしている。
その表情を見ると、一希は思わずドキッとしてしまい、嬉しそうな表情の彼に思わず心が踊ってしまう。
「ユーリィの系図を追う事は私も難しくてね。500年分の系図を追ってくれた彼には感謝しているよ」
パチン!とヴィンセントは指を鳴らした。突然自由になった速水は、一希に向かって叫んだ。
「一希、その淫魔王から離れろ!」
椅子から立ち上がった速水は、中級淫魔の兵士達の制止を振り切り首輪と手錠が繋がったまま、一希を奪還するため玉座に向かう。
「一希、すぐに俺と人間界へ帰ろう!皆待ってる!真矢ちゃんだって、お前の帰りを待っているんだ!」
「速水さん・・・!」
速水の叫びに一希は我に返った。玉座へ走る速水は一希に向かって手を伸ばす。一希も速水に応えるように手を伸ばす。しかしその手をヴィンセントは遮るように一希の腕を掴むと、そのまま拘束するように抱きしめた。
「駄目だ。帰さない。一希。君は私の大事な番だ。私との番を受け入れ、私との子どもを生むんだ」
「なっ、何!?」
「ヴィンセント・・・」
一希の腕を掴んだヴィンセントは、一希を横抱きにすると玉座から立ち上がり速水を睨んだ。
「まだ尋問は終わっていない。そのスティレットナイフが残っている」
「くっ・・・一希を、離せ!」
床に落ちたスティレットの剣を速水は拾い、刃先をヴィンセントに向けた。
「一希を離せ。そうすれば、一思いに殺すだけだ」
手錠と首輪が繋がった鎖がジャラッと音を出す。動きを制限されているが、これ以上一希を拐かされるわけにはいかない。
「よく言う。私には全く手が出せないというのに」
首輪と手錠の速水を見てヴィンセントは鼻で笑った。拘束されながら獲物を持つ脆弱な人間など、彼にとっては滑稽以外の何者でもなかった。
「淫魔王、お前と一希が遠く血が繋がっている事は知っていた。だからこそ俺はお前を殺して一希を人間界へ連れて帰らなければいけない」
刃先はヴィンセントに向けたまま再度速水はヴィンセントに言った。
「一希を離せ」
「断る」
ヴィンセント口角を吊り上げ、速水を見下ろす。
「その剣の目的も知りたかった。君はそれをどこで手に入れた?答えたら、君達四人は人間界へ帰してやろう」
「ふざけるな五人だ。一希も一緒に帰るんだ」
刃先を向ける速水の手が震えている。目の前の人間の姿がもともと脆弱な上に憐れに見え、ヴィンセントは一希を横抱きにしたまま声に出して笑った。
「理解力がない人間だね。一希は既に、私の大事な番だと言っているだろう?」
「それはお前の都合だけだ。その姿だと一希はまだ受け入れていないだろう?」
この速水の言葉にヴィンセントは癪に触ったようで、笑う事を止めて速水を睨んだ。
二人の間に火花が飛び散る。
だがヴィンセントは余裕があるのだろう。魔物特有の獲物を追い詰める狩人のような目つきに変わっていた。
だが速水もヴィンセントの目つきに臆せず、彼に抱えられたままの一希に語りかけた。
「一希、お前が淫魔王の体液を身体に受けた事も、体液が欠乏すればお前が苦しむ事も知っている。それでも俺はお前を人間界に連れて帰りたい。もちろんお前の家系を調べていた理由も説明する。だから、淫魔王に屈しては駄目だ」
速水は一希を見つめたまま語りかける。
淫魔王に屈しては駄目だ。
その言葉に、一希の中で何かが決定的になった。
「一希を拐かそうとしているのかい?」
一希の頭上からヴィンセントの声が響いた。
「まだそのスティレットナイフの事を聞いていない。それを、君はどこで手に入れたんだ?」
ヴィンセントの美しく低い声が玉座の間全体に反響する。速水は、部屋全体から反響する声に僅かだが恐怖に近い感情を抱いた。
さすが淫魔王。
妖気も今までの淫魔と桁違いに強く、彼の背中からは人間を平伏させる程の神々しさが放たれていた。これに速水は罪悪感を持ってしまうが、油断してはいけない。と自身を鼓舞する。
「この剣は、ある人物から借りた物だ。淫魔王のお前を殺すためにな」
だがヴィンセントは即座にその言葉を否定した。
「違うね。私じゃない。一希だろう?君が殺したいのは?」
ヴィンセントはもう一度。はっきりと言った。
「もう一度言おうか。君が殺したいのは、私の番の一希だろう?」
強い威圧感を感じ身体が震えている。同時に速水は、ヴィンセントから放たれる殺気に息が詰まりそうになる。
「な、なぜそう思う?」
詰まりそうになる息を気道を意識しつつ速水は問う。
すると、今度は一希が速水に問いかける。
「速水さん、やっぱり・・・俺を殺そうとしていたんですか?」
「ーーっ!」
ヴィンセントに横抱きにされたままの一希は、彼に降ろして欲しいと頼んだ。首輪の鎖は彼は持ったままだが、そのまま一希を床に降ろした。
「ヴィンセントが、話してくれた。そのナイフは、ヴィンセントは殺せない。そのナイフは弱っているやつを確実に仕留める物だって」
「ーーっ、違う、待ってくれ一希!そうじゃない!これは・・・!」
一希の言葉に速水は驚いた。
「お前を、淫魔王から、助ける為の物だ・・・」
速水は、これ以上は隠し通せない事を理解するしかなかった。このナイフと家系図を渡された時、他言無用だと通告された。しかし今ヴィンセントに拐かされている一希に不信感を募らせては彼の番になる事を受け入れてしまうかもしれない。それだけは避けなければならない。
目の前の獲物が陥落した事を理解したヴィンセントは、兵士達に命じて椅子に座らせた。スティレットナイフは、この時兵士の一人に取られヴィンセントに渡された。
「では聞かせてもらおう。君はこのナイフをどこで手に入れた?」
座らされ項垂れた速水は少しずつ口を開いた。
「・・・エクソシスト、カトリック教会理事のガブリエルという老人から借り受けた」
エクソシスト?
カトリック教会?
名前くらいなら一希も知っている。
カトリックは世界宗教であるキリスト教の宗派の一つだ。そしてエクソシストというのは、同業者で、悪魔払いを専門とする宗教集団だ。
「その老人は、なぜ君にこれを渡した?」
受け取ったスティレットナイフを持ちながら、ヴィンセントはさらに速水に問う。
「分からない。ただ渡された家系図のユーリィもかつてエクソシストであり、いずれ彼の子孫が淫魔王の番になる事は聞かされた。そして、その番がもう一度人間の国を滅ぼすきっかけになるという事も」
「ーーっ!?」
「なるほど」
速水の話に一希は驚愕し、ヴィンセントは納得したように頷いた。
「なぜ、その老人は人間の国を滅ぼすと知っていた?」
ヴィンセントは語気を強めて速水に問う。人間の国を滅ぼすきっかけという所に、彼が驚くように反応したのを一希は見逃さなかった。
「(どうして、そんなに驚いてるんだ?)」
彼の驚きは普段の彼を見ている一希にとってあり得ないものだった。
「前淫魔王の番のソフィア姫が、淫魔王の番になった事で精神を病み自死したそうだ。エクソシスト達が彼女の遺体を人間界に持ち帰り埋葬したところ、怒り狂った前淫魔王が彼女の国を一夜にして全滅させた、と」
突然、ヴィンセントが話していた速水の首を掴んだ。
驚いた一希はヴィンセントを止めようと彼の腕を掴んだ。
「止めろ!ヴィンセント!」
「ぐっ・・・うっ・・・」
首を絞める腕が徐々に力が入っていく。首輪はヴィンセントの腕力に粉々に砕き、手錠だけが鎖の重さに引っ張られて速水の手首に引っかかっている。
「ヴィンセント!止めろ!」
だがヴィンセントは力を緩めない。一希はヴィンセントの表情を見て驚愕した。普段の美しい容貌とは違い、怒り狂った鬼の形相へと変化させていたのだ。
容赦なく首を絞められている速水は徐々に顔から血の気が失われていく様子だった。
咄嗟に一希は床に落ちていたスティレットナイフを手に取ると、速水の首を絞めるその腕にナイフを突き刺した。
「ぐっ!」
「速水さん!」
痛みで怯んだヴィンセントは反射的に腕を離した。
一希は速水の元へ駆け寄り、咳き込む彼の前に出てヴィンセントを睨んだ。
「一希・・・」
「ヴィンセント!速水さん達を人間界に帰してくれ!そうでなければ、俺はお前の番にはならない」
これはある意味でヴィンセントの感情を揺さぶる賭けだった。
番を拒否すれば、ヴィンセントも一希の要望を聞かざるを得なくなる。今まで何度も彼に抱かれ、身体は変化しているが自分はまだ番になる事を受け入れてはいないからだ。
だがヴィンセントは一希に刺された腕を庇う様子はなく、真っ直ぐに二人を見据える。
「退きなさい。一希。やはりその男は得体が知れない。今ここで殺す事にするよ」
「ーーっ!」
二人を見据えるヴィンセントの形相は怒り狂っており、残酷な表情を浮かべている。一体なぜこんなに表情が変わったんだ。
ヴィンセントが怖い。あの廃墟となったホテルで彼に再会した時とは違う怖さを一希はヒシヒシと感じていた。
だけど、今ここで自分が彼を止めないと速水が殺される。
意を決した一希はヴィンセントから放たれる殺気に怯えながらも彼に叫んだ。
「お前、なんて顔してるんだよっ!」
「ーーっ!?」
一希の叫び声に、ヴィンセントは我に返った。そして続けて一希は言った。
「そんな顔した、お前の番になんか、なりたくない。仲間に傷を付けたお前を」
一希と速水の身体から光が放たれる。その姿を見て、ヴィンセントは徐々に冷静さを取り戻していく。
「一希・・・!」
「俺が、倒す」
光は一希と速水を一瞬にして消してしまった。残ったのはざわめいている兵士達と、冷静さを取り戻し呆然と立ち尽くすヴィンセントのみだった。
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