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第24話 別れた子孫達 4
光が消えていく。
五人は魔界へ入るための湖の前に全員横たわっていた。
「一体、何が・・・」
頭が痛い。我慢はできるが船酔いした感じだ。
起き上がった速水は周囲を見渡した。ディーン、サム、照史。みんな居る。
無事だったんだ。
そしてふと。
速水はもう一人を見つけて目を見開いた。
色素の薄い黒髪に金属製の首輪が嵌められている。シルク製の薄いガウンは両性具有化が進んだ身体を隠しきれず、袖の隙間から胸の谷間や白い柔肌となった大腿、すべすべになった脛が見えている。淫魔特有の甘い香りが漂うものの、意識が戻らず左横向きに寝ており、扇情的な姿だ。
だが速水は嬉しかった。
淫魔王は強大な魔力を有していた。
あの淫魔城で見た彼の魔力に、自分は無力だった。さらに怒り狂った淫魔王に殺される覚悟だったが、彼が助けてくれた。しかも、彼は自分から番にならないと言ってくれた。
それだけでも自分は嬉しかった。
「一希っ!!」
気を失ったままの一希を速水は抱き上げる。速水の声でディーン、サム、照史は目を覚まし、出発したあの湖に戻ってきた事、そして一希が帰ってきた事を喜んだ。
※※※
速水家は、代々退魔師の家系であり、一族で土地を持っている。速水達は、意識が戻らない一希を山の奥にある速水の寺へ連れて行った。
この寺は前住職が病気で他界して以降、誰も寄り付かず廃寺になっていたところを速水の祖父が買い上げ改修したもの。外装は寺として残されているが、内部は修練場や瞑想部屋、除霊場と改装されている。この寺に建立されている墓石も、速水の一族が買い取って丁寧に供養している。檀家の主な契約者であった前住職が他界し、墓を移動できる遺族は移動したがそれ以外は遺族も高齢で墓参りに行けない者がほとんどだった。速水の一族は地元で信用されている退魔師一族だった為、買い取ってくれた事を知り引き続き供養を依頼している。
それ以降、この寺は退魔師の修練場となり、成り立ての頃の一希や照史もよく利用していた。
一希を取り戻すため魔界へ赴き、人間界へ帰還して丸一日が経過していた。今は昼に差し掛かっていて、天気は快晴で冷たい風が寺の隙間を吹き通っている。
一希は寺の畳がある寝室に布団を敷いて寝かされており、一日経過したが全く目覚める気配が無かった。念の為一希の着替えを持って来ると照史は一希のマンションへ向かった。速水、ディーン、サムは一希を連れ戻そうとヴィンセントが襲来する事を予測し、寺周囲の大木に結界の護符を貼り付け様子を見ていた。
ディーンは、寺の庭でスマートフォンを耳に当てて電話している。
「なかなか起きないね」
「そうだな」
サムと速水は、一希が寝かされている寝室にいた。
サムは、淫魔城で四人でヴィンセントと対峙した時、同級生だったジェシカが魔物達に殺される幻覚を見た。目の前で同級生を殺される姿は無力な自分を恥じるどころか、凄惨に殺される彼女を見て恐怖が勝ってしまい、彼女が徐々に息耐えていく姿にただ悲鳴をあげるしか無かった。しかしこの幻覚は一過性の物で中級淫魔に気絶させられた後、目が覚めたら無くなっていたが、生々しい幻覚に今も地に足が付いていない感覚が残っていた。
速水は、ヴィンセントが襲来する予想もあったが、深く眠り込んでいる一希が心配だった事もある。
金属製の首輪と薄いシルク製ガウン一枚しか着ていない一希の身体は、乳房は膨れ乳首は肥大し、身体が全体的に丸みを帯びていて、一希の身体は男性体から女性体に変化していた。肌も白く柔らかい。鬱血痕が首筋や胸、脇腹、下肢と散らばり、一希の身体をみた四人は魔界で一希がどんな扱いを受けていたのか想像しただけで怖気が走った。
人間界は季節が秋から冬に移り変わろうとしている。少し前まで秋の冷たさを運んでいた風は、一気に冬の訪れを感じさせる肌を刺すような冷たい風へと変わっていた。
こんな状態でシルク製ガウン一枚は寒い。身体が女性体に変化しており、自分達も目のやり場に困る。
一希自身も深く眠っており起き上がるまで時間がかかるだろう。そういう理由から、照史が一希のマンションまで着替えを取りに行く事になった。
サムは速水に聞いた。
「一希を、これからどうするの?」
一希は今穏やかな寝息を立てて寝ている。まだ症状が出ていないだけでも、サムは安心していた。
淫魔王の体液は欠乏症状が起こると強い渇きに襲われる。いくら自慰をしたところで治る事はないし、人間の薬でも渇きを鎮静する事はできない。
体液を与えた淫魔の体液をもう一度摂取しなければならない。
結局のところ、一希はもう一度ヴィンセントに会わなければならないのだ。
しかし速水はサムに大丈夫だと言った。
「実は今朝ある人物に連絡してな。日本に来て一希を診てくれる事になった」
「そうすれば一希は大丈夫なのか?」
「ああ」
速水は先程から一希に関しては抽象的にはぐらかしている。三人は一人しかヴィンセントと一希に会っていない速水に何があったのか聞くが、速水は答えなかった。
一希の渇きの症状は、ヴィンセントでなければ癒す事ができない。できない事は一希を取り戻す前から分かっていた。しかし、一希を必ず人間界へ連れて帰ると強行し、サムも体液の欠乏症状を治める方法が分からないままになっていた。
そこへ寺の階段を登る足音が聞こえる。足音は二つ。先程着替えを取りに行った照史は一人で一希のマンションへ向かった筈だ。だとすると、ヴィンセントが部下を引き連れて一希を連れ戻しに来たのかもしれない。
足音を聞いてディーンが寝室の襖を荒々しく開けて入った。彼も不明な足音に気づいたようだ。
「サム」
「うん」
ディーンはサムに銃を一丁投げ渡す。速水も寝室に保管されているタガーナイフを一本取った。
三人は魔力の気配を探るが、何も感じない。
銃を受け取ったサムは、リボルバーのセーフティー装置を外し、弾丸が入っている事を確認すると、銃を構えた。
「どういう事だ、妖気を隠してやがるのか?」
ディーンは銃を構えつつ、妖気の残渣を探る。
人間界に降りてくる魔物は妖気の程度はバラバラだが、必ず妖気の残渣、いわゆる残り香を残していく。
速水や照史もそうだが、その残り香を追って妖魔の居場所を突き止める。
一希も廃墟のホテルでヴィンセントと再会した時も淫魔の妖気の残渣を感じ取っていたから、彼の居場所はすぐに分かった。
足音が止まる。足音はそのままこちらに向かって歩いている。寺周囲の大木に結界の護符を貼り付けていたが完全に一希の居場所を知られてしまった。
三人に緊張が走った。
魔界から人間界に帰還してまだ一日しか経過しておらず、怪我を負ったディーンはまだ本調子ではなかった。
寝室の襖が開けられる。
三人は銃とナイフを開けた人物に向けると。
「俺だよ、俺。着替えと飯、持って来たぜ」
襖を開けて寝室に入って来たのは一希の着替えを取りに来ていた照史だった。照史は自分の目の前に銃とナイフが突きつけられているこの状況に目を丸くした。
え、俺って実は邪魔者だったの?
三人は一安心して銃とナイフを降ろした。照史ならばそりゃ妖気を感じない筈だ。
「脅かしやがって。ったく」
銃を降ろしたディーンは、はぁっと溜め息をついた。
「ごめん。僕達つい淫魔王が来たのかと思って」
サムも銃を降ろした。照史はディーンとサムに、コンビニで購入したパンとおにぎりを投げ渡した。
「一希の着替えと飯の調達に時間がかかったんだよ。後は・・・」
照史は後ろを振り向く。
その現れた人物に三人は目を見開いた。
「わりぃ。丁度マンションの鍵を開けようとしたらばれちまって」
その人物は、どかどかと足音を立てながら歩くと寝室へ入って行く。
「速水さん、お兄ちゃんを見つけたらすぐに連絡するって言ったでしょ?」
兄とは違う黒みがかった茶髪を流れるようなミディアムヘアにした若い女性は仁王立ちになって速水を睨んだ。
照史を発見してついて来た人物。
一希の妹である、有坂真矢だった。
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