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第25話 別れた子孫達 5

「速水さん、どうして連絡しなかったの?お兄ちゃんを見つけたらすぐに連絡するって言ってたじゃない」 真矢は、速水を仁王立ちで睨みながら言った。 隣にいた照史が苦笑いで人差し指で顔を掻く。速水に真矢を連れて来た経緯を説明した。 「実は一希のマンション前で鍵を開けようとしたら、丁度声かけられて・・・。気づいたら真矢ちゃんがそのまま部屋に入って、まぁ、着替えとか色々用意を手伝ってはくれたんだが・・・」 一希のマンションに到着した照史は誰もいない事を確認した上で速水から預かった合鍵で一希の部屋を開けようとしていたところだった。背後から誰かに肩を叩かれて、振り向くと妹・真矢がいた。なぜ自分が兄の部屋の鍵を持っているのか問い詰められ、色々と説明したが結局真矢を怒らせた挙句、兄の様子を見たいと着替えと食料を調達してこの寺に戻ってきたという。 事情を知った速水は、逆に照史に頭を下げた。 「すまなかったな、照史。真矢ちゃんに詳しい事は俺から話す。お前も飯を食ってくれ」 「速水さん・・・」 不安になった照史に速水は肩を叩いた。 「一希がこうなったのも、お前が怪我を負ったのも、全て俺のせいだ。すまなかったな」 それに・・・、と速水は困ったように言葉を続けた。 「何というか・・・、一希の現状からだと今は女性がいれば正直助かる、というか・・・。とりあえず、真矢ちゃんには俺から説明するよ。着替えも手伝って欲しいし」 真矢は事情が分からない。だけど一希がヴィンセントによって女性体にされた以上、着替えは彼女にやってもらわないと此方ではできない。 とりあえず照史は速水に言われるように、コンビニで購入した食料が入ったポリ袋を持つとディーンとサムと部屋から出て行った。 部屋を出た三人は庭先でポリ袋から食料を取り出した。 マヨネーズとハムが挟んだクロワッサン、おかずがぎっしり詰まったおにぎり、チャーハンおにぎりに小さなおかずと海苔で巻かれたおにぎりがセットされたおにぎり弁当、一口大の唐揚げと胡麻塩と梅干しが乗った白米が入った唐揚げ弁当、パスタ、簡単な惣菜やカットされたフルーツ、レタスやキャベツの千切りが詰まった生野菜サラダ、チョコが詰まった菓子パン、すでに茹でられ袋にパウチにされたチキンと色々な食料が入っていた。割り箸もいくつか付いていて、魔界から帰還した三人は食べたい物をそれぞれ取り出して食べ始める。 「まさか真矢ちゃんが来る時間帯だったとは・・・」 来る時間を間違えたな、と照史は呟いた。 寝室には眠っている一希と真矢、そして速水がいる。襖越しに速水に詰め寄る真矢の声が聞こえて来る。その度に速水は、何度も彼女に謝罪している。 速水は今まであった事を正直に彼女に話しているようだった。話を聞いて真矢の語気が強くなっているのが襖越しからでも分かった。 照史の話によると、真矢は兄・一希が失踪してから、自分の大学の講義が終わると毎日兄のマンションを訪れていたようだった。照史と遭遇した時も、彼女が大学の講義が終わりで、自転車で兄のマンションを訪れていた。マンションを開けて一希が帰っていないか確認しようとして、マンション前に到着したら丁度照史が合鍵で一希のマンションの鍵を開けている途中に出くわしたというわけだ。 「まぁ、いずれは伝えないといけない事さ。あんだけ身体が変わっちまったら俺達じゃ何もできねーし」 ディーンはパスタを食べながら言った。だが彼の言う通りではある。失踪して心配したのは事情を知らない真矢のような家族だ。ディーンやサムもアメリカで失踪者の捜索依頼を受ける事もあるが、皆心配で失踪者の自宅近くで探している。人間界に戻ったからと言ってすぐに家族に連絡できないのも分かるが、家族の動きにはマークしておくべきだったなとディーンは呟いた。 「ま、バレちまった以上は速水から説明してもらうしかないだろうよ。逆にあの娘に不信感を持たれたら今度は俺達が人間に刺されちまう」 パスタを食べ終えたディーンは、スラックスのポケットに入っているスマートフォンのディスプレイを見た。着信が入っており、ボビーからだ。 履歴を見たディーンは立ち上がって食事中のサムと照史から離れてボビーに連絡する。食事中の二人から離れるようにディーンはスマートフォンを耳に傾け通話しながら寺の裏手に移動した。 「・・・マジか、それ」 『ああ、そうだ。奴はボウズの家系を知らされていた。何しろカトリック共は悪魔の存在を認めている。奴が手を貸していた理由は知らんがこのままだとあのボウズも危ねぇ。恐らく奴等はあのボウズも殺して、その遺体をミイラにする気だ。十中八九、今回の黒幕はカトリック教の総本山だ』 裏手には雑草が生えており、背丈がディーンと同じくらいの高さまで伸びている。裏手に関しては長く手入れがされていなかったのだろう。ディーンの姿が、丁度草木に隠れる状態になっている。 「だが何の為に?」 『決まってんだろ?現淫魔王を誘き出す為だ。恐らく奴等は、ボウズの家系図の情報から、ボウズ本人か、ボウズの妹かどちらを番に選ぶと踏んでいたんだ』 ディーンは魔界に行く前、通話先のボビーに『ある依頼』をしていた。 ーー速水とカトリック教徒の関係を調べてくれ。 ディーンは、ハンター協会から依頼された一希奪還の指示に、違和感を持っていた。 ハンター協会は言わば独自に人間界に降りて来た魔物共を駆逐する組織。しかし似たような活動をカトリック教徒のエクソシスト達も行っていた。ディーンはアメリカにいた頃、エクソシスト達の活動を見た事がある。彼等は悪魔払いと称して、悪魔に憑依されたという人間を拷問に近い形で殺している。やり方がえげつない上に人間の命を蔑ろにする手法を用いており、ディーン本人はエクソシストやカトリック教徒を毛嫌いしていた。 だがハンター協会は、ディーンとサムに一希の救出依頼を出したと同時にある銃をディーンに渡した。今はヴィンセントに取られてしまったが、あれの弾は銀の弾丸だ。銀の弾丸は悪魔や魔物を殺すと言われ、銃を製造したサミュエル・コルト自身の最初で最後の対妖魔用殺人銃である。あれがハンター協会にあったという事に、ディーンは協会がエクソシストやカトリック教徒共と何らかの繋がりがあると睨んでいたのだ。なぜなら、サミュエル・コルト自身がカトリック教徒だったからだ。 『ディーン、お前はサムと共にあの二人を守れ。俺もまだ調査を続ける』 「すまねぇ、ボビー。無理させちまってるのは分かってる」 『なに、気にすんな。俺だってカトリック共のやり方はオメーと同じくらい嫌いだからな。それにあの二人を殺せば、いくらカトリックでも日本の法律じゃあ殺人と同等だ。となれば、速水を止められるのも今はオメーしかいない』 「ああ、分かっている。気をつけろよ」 ディーンはスマートフォンの通知機能を切ると、空を仰いで溜め息をついた。 ジャケットの胸ポケットから、タバコを一本取り出すと日本で購入したライターで先端に火をつけた。 フゥ、と煙を吐き出す。 とんでもねぇ依頼、引き受けちまったな。 ディーンが昼間ホテルでボビーに連絡してすぐ彼は知り合いのツテで最近のカトリック教徒の動向を聞いてくれた。 すると、奴等は7年前ヴィンセントが一希を見つけた時から、計画を実行に移す為に人知れず暗躍していた事が分かった。 この7年一希の霊力を上げるよう速水に指示していた事が情報から判明した。カトリック教徒とエクソシストは、7年前に速水に接触している。速水にスティレットナイフと一希と真矢の家系図を渡したのは、奴等だった。 この事情を知っているのは、恐らく自分だけ。サムと照史、一希は知らないだろう。 「どうすっかな」 とりあえずタバコを吸い終わったら、まだ昼飯を食っているアイツらのところに戻ろう。恐らく、これから何かが起こる筈だ。 タバコを吸い終えたディーンは、吸殻を専用のボックスに押さえつけて火を消すと、まだ昼飯を食べているサムと照史の元へ向かった。 続く

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