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 則之が微笑んだ。 「隆人様に救われたのは、俊介だけではございません。私どもが今生きて、遥様にお仕えできるのも、すべて隆人様のおかげでございます」  一族における禁忌を犯した現桜木の親たちは死を以てその罪を購ったという。子である俊介や則之たちは一族からの追放処分を受けた。その処分を下したのは当主となった隆人だが、同時に隆人は桜木の子どもたちを庇護下に置いた。則之はそのことを言っているのだろう。  隆人は冷酷なようで、助けるべき者は裏から手を回して守る。遥にさえ御披露目の直前には御証の呪縛を拒絶し加賀谷の一族から逃れる(すべ)を伝えた。遥が凰となることを拒絶すれば自らの立場が危うくなるにも関わらずだ。  遥はふっと息を吐いて、笑った。 「俺も始めは隆人はとんでもない奴だと思ったけど、ふたを開ければ家族や一族を背負って必死に生きているおじさんだったからな」  則之が手で口を押さえた。噴き出すのをこらえたらしい。遥は追い打ちをかける。 「俺より十六も上だぜ? おじさんじゃん。もう四十歳になったじゃん。大台だよ、大台」 「ど、どうか、それを、隆人様に、おっしゃらないで、ください」  湊は目を眇めた。 「則之、笑ってる」 「隆人様は上場企業の社長としてはお若いのですよ。最近はIT関連企業の上場により若い社長が増えたとはいえ、それでもまだ平均年齢よりはお若いはずです」  遥の頭にふっとあることが浮かんだ。それをそのまま口にする。 「父さんは四十二歳で亡くなった」  則之が息を呑み、目を伏せた。 「お父様は残念でございましたね。あまりにお若い」  遥は瞼を閉じ、そして開けた。 「病気は善人にも悪人にも容赦がないのはわかってる。でも父さんにはもう少し長く生きて、楽な暮らしを味わってほしかった」 「さようでございますね」  遥は則之に訊ねる。 「詳しいことは知らない。だけどお前たちのご両親が亡くなったのは俺の父さんより、もっと若かったんだろう?」  則之が視線を逸らした。遥は冷えた茶を飲みほす。その間にゆっくりと則之が遥に向きなおった。 「ご病気と、罪を犯したのとでは、死の意味合いが違います」 「子どもにとっては同じさ。親が死んだのだけが事実だ」  遥は言葉を足した。 「お前たちは俺よりずっと小さかった上、一族からも追い出されてつらかったな」  則之が笑みを浮かべた。 「わたくしどもは一人ではありませんでした。隆人様の庇護もございました。成人し、やっとご恩返しできております。それがわたくしどもの幸せなのです」 「そうか。幸せか」  遥は則之の晴れやかな顔を複雑な思いで見る。  俊介は桜木の当主として、則之たちより一層強く隆人に恩義を感じているだろう。であるのに、役に立てないと思っている今、俊介はつらくて仕方ないはずだ。空白の期間で失った技量を取りもどさなければ、遥の側で守るという隆人の命を果たせない。  俊介のことだ。遥との約束を忘れているのではあるまい。まだ戻れないのだ。自分のふがいなさに苦しみながら、必死にわが身を鍛えなおしているに違いない。  仕方ないよな。それがお前の存在意義だと思っているのだろうから――遥はそう思う。 「すっかり話し込んでしまいました」  則之が立ち上がった。 「お茶を入れなおします」 「頼んだ」  則之がにこりとして下がった。  遥はソファの背もたれに改めて深く身を任せ、息を吐いた。  則之は当たり前のように話していたが、人を殺す技を幼い頃から身につけていくというのはどんな気持ちなのだろうか。子どもだから何も考えずに吸収し、上を目指すのだろうか、主のためという名目の許。  迷いなく人が殺せるようにならなければ、おそらく俊介は戻ってこない。遥を守ることこそが、凰の世話係の務めであるから。  体が芯から冷えるような気持ちと、愚直でやさしい俊介を思う気持ちが、ぐるぐると混ざり合い、遥は胸の中が濁っていくような気がした。 【冬の始まり 了】

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