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第3話
***
できるだけ街灯の下を避けて歩く。
しかし不審がられないよう背筋を伸ばして、堂々と歩くことがポイントだった。
アッシュロードは今夜も貴族の家に忍び込み、大きな宝石のついたペンダントやネックレスをいくつか頂戴してきた。
そして店の明かりも消えた居酒屋へ、合鍵を使ってするりと入り込む。
慣れた足取りでキッチン奥の階段を上がっていくと、光が漏れている部屋の戸を開けた。
「――こんばんは、グレーズド。今夜もよろしく頼むよ」
様々な工具が置かれ、壁にも大小のペンチやトンカチが並べられた部屋には、がっしりとした体格の長身の男が立っていた。
まるでアッシュロードが来るのを、待っていたかのように。
「こんばんは、ぼっちゃん。さぁ、ブツを寄こしな」
「ぼっちゃんはやめてくれよ」
端整な顔に笑みを浮かべて、アッシュロードは頭巾を取ると、使い込まれた彼の作業机へ、今夜の戦利品を乗せた。
「今回もまた良いものを選んできたな」
「当然だ。少しでも高く売れてもらわないと、盗んだ意味がないからな」
目つきの鋭い、厳つい男の顔には髭が蓄えられていて、二十八歳にはとても見えない威厳があった。
戦利品を目にした彼は作業机に着くと、単眼鏡で早速宝石や真珠の状態を確認した。
「これはまた上質なエメラルドだ……今はネックレスに使われているが、ブローチに加工して、この真珠で囲むようなデザインにしよう」
「よろしく頼む。できるだけ原型をなくしてくれ」
彼は居酒屋を営む傍ら、趣味で始めたという宝石加工の腕を振るって、アッシュロードや他の義賊が盗んできた宝石を、まったく別物のデザインに変える闇の副業をしている。
なぜ、デザインを変えるのか?
それは宝石をもらった市民が、宝石商に持っていって現金に換えてもらう際、足がつかないようにするためだった。
もしそのままの形で宝石商へ持っていったら、なんの罪もない市民が、貴族から盗んだと疑いがかけられるかもしれない。
よって義賊たちは、こうして宝石を加工してくれる影の仲間を、数人抱えていることが多い。
実は、グレーズドもまた義賊だった。
数年前、アッシュロードが忍び込んだ屋敷で出会い、顔見知りになったのだ。
それから何度か狙った屋敷が被ったおかげで話す関係になり、意気投合して、彼に宝石加工を頼むようになった。
軍隊でも、ごく一部の優秀な軍人しか入隊できない特殊部隊にいたというグレーズドは、やはり政治に疑問を抱き、軍を辞め、義賊になるために居酒屋の店主という顔を持ちながら、今のようなことを始めた。
現在は盗みはほとんどせず、もっぱら宝石加工を請け負っている。
「そうだな……エメラルドのカッティングからデザインを変えるから、一週間ほどもらっていいか?」
「あぁ、わかった。それじゃあ、またその頃に来よう。よろしく頼む」
「――あら、お二人さん。こんばんは」
「やぁ、サーヤ。こんばんは。君も戦利品を?」
「えぇ、今夜はシャーウッド侯爵家にお邪魔してきたわ。あんまり期待してなかったんだけど、なかなかいいイヤリングと指輪が手に入ったの。グレーズド、私の戦利品も加工してもらえる?」
「もちろんだよ。市民に配るものはなんだって加工しよう」
男性用の服を着た彼女が頭巾を取ると、ポニーテールにした赤い髪が現れた。
そして強い意志を表す大きな緑色の瞳が輝き、鼻筋の整った美しい顔が露わになる。
彼女は医師だ。
彼女も裏の顔……義賊という顔を持っていて、貴族の館へ忍び込んでは良い品を持ってくる。
サーヤとは、グレーズドを通して知り合った。
今では城に招いては彼女に健康診断をしてもらったあと、ワインを飲みながら、政治から世間話まで交わす友となっている。
もとは王妃付きの剣士だったのだが、王妃亡きあと医師を志し、今は街の外れにある小さな診療所で、市民の病や怪我を診ている。
中には貧しくて診療代が払えない市民も多く、生活に苦しみ、涙する彼らを見て、このままではいけない、と義賊になったそうだ。
アッシュロードと同じく、戦利品が入っているのだろう革袋をグレーズドに渡すと、彼女はさっと頭巾を被り、「明日は彼とデートなの」と、本当か嘘かわからない笑みを浮かべて帰っていった。
「アッシュロード。君もあまり長居しない方がいい」
「そうだな。俺もさっさと家に戻るか」
グレーズドからアドバイスを受けると、アッシュロードは頭巾を被り、店からそう離れていない王城へと向かった。
そして、いつも通り窓から部屋に入ると執事のステファンが待っていて、彼にマントを預けた。
「微かに血がついておりますが、どこかお怪我でも?」
冷静且つ心配げな執事に、アッシュロードは腰に下げた鞘から模擬刀を抜き取った。
「あぁ、警備の者に見つかりそうになったのでな。少し彼の頭を叩いてきた。その際についたのだろう。案ずるな。顔も見られていないし、俺に怪我はない」
「左様でございますか。ではこちらは内密に洗浄させていただきます。模擬刀も新しい物に変えますか?」
「そうだな。そうしてくれ」
「かしこまりました」
アッシュロードが義賊であることを、仲間以外唯一知っている彼は、素早くマントを畳むと、その中に隠すように模擬刀を忍ばせて、音もなく部屋から出ていった。
それを見届けたアッシュロードは、衣裳部屋である部屋から出ると、ざっと風呂に入り、下衣だけ穿くとベッドに倒れ込んだ。
「今夜は疲れたな……」
本来ならば、館の警備兵に見つからないのが一番いい。
それでも見つかってしまったのなら、うまく逃げきればいいのだ。
しかし今夜は、慌てた若い警備兵が、剣を抜いて振り回してきた。
大きな頭巾を被っていたので顔は見られなかったが、思わず鞘から模擬刀を取り出し、警備兵の頭を殴った。
たぶん骨は陥没していない。
脳震盪程度で済んだと思う。
しかし、警備兵だって制服を脱げば一般市民だ。
本来ならば、一番守りたい市民を傷つけてしまった。
「あー……気分が悪い」
アッシュロードは、そのことで心が重たく沈んでいた。
鞘に本当の剣を入れないのも、できるだけ誰も傷つけたくなかったからだ。
「こんな夜は寝てしまおう! 明日が来れば、また気分も変わっているはずだ!」
重たい心をなんとか持ち上げるよう叫ぶと、クッションを抱えた。
何かを抱いていると、自然と眠たくなってくる。
けれどもこんな気持ちでは、今夜は眠れる気がしなかった。アッシュロードは強い意志と心を持っているが、繊細な部分も持ち合わせていた。
それを知ったサーヤが処方してくれた眠り薬を、ベッドサイドの引き出しから取り出す。
そうして無理やり水で流し込むと、真っ暗にした部屋で目を閉じた。
遠くの方から、貴族たちがバカ騒ぎする音が聞こえてくる。
中には今夜、アッシュロードが忍び込んだ館の貴族もいるはずだ。
(本当に間抜けだ。自分の館に、盗みが入ったことも知らずに、遊んでいるのだから……)
サーヤがくれる薬は、よく効く。
アッシュロードの気持ちが上がることはなかったが、瞼はだんだん重くなり、いつしか寝息を立てていたのだった。
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