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第4話

 ***  いつもの野原で、 「おーい! ファルター!」  と天に向かって叫ぶと、しばらくしてファルタは本当に来てくれた。  このことにはしゃぐノエルに笑うと、彼女は寛ぐように長い身体を横たえた。足を緑の大地に置きながら。  だからノエルも、寛ぐように両脚を伸ばして座り、彼女に寄りかかる。 「ねぇ、ファルタ。この間見つけた花は、やっぱり煌珠草だったよ」  報告すると、彼女は金色の目を細めた。 『それはよかったわね。で、その花はどうしたの?』 「乾燥させて丁寧に煮出して、シーナ……って言ってもわからないよね。僕のお世話をしてくれる女の子がいるんだけど。彼女のお母さんに飲ませてあげたんだ」 『あら、お母様は体調を崩されていたの?』 「そうなんだ。でもね、煌珠草の煮汁を飲んでしばらくしたら、血痰も出なくなって、今では自分で料理が作れるほど元気になったんだって!」 『よかったわね。煌珠草は貴重な花だけど、万能薬だから。きっとお母様の病にも効いたのね』 「うん。本当はエーテルの泉に入って眠ることが、僕たち精霊の一番の良薬なんだけど……時には効果が強すぎて、精霊でも死んでしまうことがあるんだって」 『この土地はエーテルに溢れているから。しかも濃度も濃いの。だから弱っている精霊には、毒にもなりえるわね』 「シーナのお母さんは頑張りすぎちゃってね、ずっと病気を隠していたみたい。そうしたら、どんどん体力が落ちちゃって。気づいた時には、泉に入れないほど弱っていたんだって」 『どうして、そこまで頑張ってしまったの?』 「シーナを心配させたくなかったみたい。それにね、これまで一度も病気になったことがなかったから、『自分は絶対病気にならない!』って思い込んでたんだって。で、そのうちどんどん弱っちゃって……」  まだ出会って二度目だというのに、二人の話は弾んだ。  先日とは違って昼食を食べて来たので、二人の会話を邪魔する者もなく、笑ったり、時には深刻になったり、二人は日が陰るまで話し込んだ。 「もうそろそろ帰らなきゃ。シーナが心配しちゃう」 『そうね。私も楽しくて話し込んでしまったけれど、そろそろ女王としての務めを果たさなければ』  ひとりと一匹は互いに立ち上がると見つめ合った。 「また会える、ファルタ?」  ノエルの問いに、ファルタは大きく頷いた。 『もちろんよ。あなたが望めばいつだって会いに来るわ。空の飛び方もまだ教えていないし』 「それじゃあ、またね。ノエル」  真っ赤なガーネットに覆われた身体がふわっと浮き上がり、ノエルとの別れを惜しむように、ゆっくりと天に昇っていく。 「いいなぁ。赤竜の国かぁ。一度行ってみたいなぁ」  天にある国へ帰っていく友人に手を振りながら、ノエルはいつか連れていってもらおうと思った。空が飛べるようになったら。 「その前に、精霊の国を案内してあげる方がいいかな? でもあんなに大きな身体で国の中に入ったら、動きづらくて逆に迷惑かな?」  唸りながら帰路につくと、とっぷりと日は暮れていた。  木戸を開けて家の中に入ると、ワンピース型の衣服を脱いで、麻でできた楽な服に着替える。 『王子』のような扱いを受けている……と言っても、夫婦や家族でもない限り、精霊は各人ひとりで暮らすことが多かった。  よってノエルも、煉瓦で作った二階建ての可愛らしい家で、ひとり暮らしていた。  星が綺麗な夜など、この感動を分け合いたくて、誰かそばにいてくれたらよかったのに……と思うこともあったが、生まれてからずっとひとり暮らしなので、寂しいという感情はない。  そうしてキッチンの隣にある食堂へ行くと、シーナが作っておいてくれたスープとパン、そして魚料理がテーブルに置かれていた。 「わぁ、いい匂い。お腹が空いてきちゃった!」  シーナの仕事は日が暮れるまでと決まっていたので、彼女はもう家に帰ったあとだった。  しかし、料理上手な彼女が作っていってくれた料理はまだ温かく、ノエルはシーナに感謝しながら、ひとりで食事を終えたのだった。  *** 『ほら、頑張って! 自分の身体が雲のように軽くなるのを感じて』 「うーん……っ!」  ファルタと知り合ってから、季節は一周巡っていた。  四季のあるアリステリア王国では、若々しい葉や新芽が大地を緑に染め、美しい花々がキラキラと輝いていた。  そんな野原の真ん中で、いつものように身体をゆったりと横たえたファルタが、必死に空を飛ぼうと頑張るノエルに稽古をつけていた。  本来なら、ノエルには空を飛ぶ能力があると彼女は言う。  しかしノエルは、どんなに頑張っても、三十センチほどしか浮かび上がることができない。 『本当に面白い子だわ。もしかしたら走っている時の方が、もっと高く飛んでいるかもしれないわね』  そう言って笑う彼女は、出会った時よりも、もっと柔和な表情をするようになった。  これは、ノエルに心を開いている証拠だろう。  いや、むしろ母親が子どもに接する時のような、優しい表情をしていた。  こうして彼女に付き合ってもらいながら、何度も空を飛ぶ練習をしているのだが、なぜだかノエルは空を飛ぶことができない。  けれどもファルタは苛立ったり、怒ったりしない。  額に汗を浮かべ、必死に飛ぼうと頑張るノエルの様子に、目を細めるだけだった。  こんなゆったりとした時間が、女王として多忙な彼女には必要だったのかもしれない。

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