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第5話

 ***  一方、アリステリア王国の王城内では、今夜も貴族たちが集まり、国王主催による晩餐会が開かれていた。 「次期国王として顔を覚えてもらうことは必須。よって今夜も絶対に晩餐会に出席するように!」  父王からこのようなお達しが来ていたので、仕方なくアッシュロードはその場にいた。  海を思わせる青いビロードのフロックコートは、手足がすらりと長く、長身の彼にとてもよく似合っている。  普段は下ろしている前髪を上げると、目鼻立ちのはっきりとした美しい顔がよくわかり、甘い蜜に群がる蜂たちのように、彼の周りには貴婦人たちがいた。 「なんてかっこいいのかしら、アッシュロード様」 「えぇ、見ているだけで胸がときめいて……今夜は眠れそうにありませんわ」  貴婦人たちの会話を耳にして、整った容姿をした父親に似たことを、アッシュロードは皮肉めいた感情で笑った。  しかし、そんな表情ですら美しいと、人々から感嘆の吐息が漏れる。  次期国王になることが決まっているアッシュロードは、まさしく社交界の華だった。 (兄上たちがいてくれれば、少しは現状も違っただろうか?)  少女のように儚げで、愛らしい性格と容姿をしていた母は、父王にとって本当に宝物だった。  けれども身体が弱かったこともあり、短命だった彼女は、アッシュロードが十二歳の時に静かに亡くなった。  その時父王は、周囲の目を気にすることなく、獣のような声を上げて泣き続けた。  永遠に目覚めることのない、彼女に縋って。  この様子を、母によく似た長兄と、大輪の花のような美しさを持った次兄と、幼かったアッシュロードはただ眺めていた。  どうしていいのかわからないほど、父王は悲しみに暮れていたのだ。  それから数年後、長兄は母親と同じ病で亡くなった。  次兄は母亡きあと、人が変わった父王に嫌気が差し、他国の姫のもとへ婿養子に入ってしまった。  こうして三男であるアッシュロードが、自動的に次期国王と決まったのだ。 (俺なら、絶対にこんな身勝手な政治は行わない!)  強い意志を持って、アッシュロードは自分ができる限り父王に進言し、行動してきたつもりだ。  しかし、意志の強さではアッシュロードに負けない父王には、何ひとつ響くことはなかった。 (父上は、いつまで母上の亡霊に取りつかれているのか……)  順番に声をかけてくる貴婦人たちに微笑みながら、適当な返事をし、答えの出ない悩みに、また頭を悩ませていた。  そして庭に出られる大きな窓をふっと見れば、今夜は満月で、普段とは比べものにならないほど明るい夜だった。 (こんな夜は、館に忍び込みやすいんだがな)  義賊としての血が騒ぐ。  今すぐにでもマントを羽織り、模擬刀を持って、衣裳部屋の窓から城の外へ飛び出したい気持ちに駆られた。  けれども貴族のバカ騒ぎ――妻を亡くした父王の、寂しさを埋めるための晩餐会――の途中だ。抜け出すことは許されない。  どんなにダメな王でも、アッシュロードは父王を嫌いになどなれなかった。  母が生きていた時は、国民のことを一番に考え、善政を敷く良き王だったのだ。  小さい頃は、その大きな背中がアッシュロードの憧れであり、誇りでもあった。  だから今でも、嫌いになどなりきれなかった。  願いは、ただ一つ。  昔のような善政を敷く、良き王に戻ってもらいたいだけ。  顔も名前も知らない貴族に乾杯をせがまれて、まだ口をつけていないワイングラスを響かせる。 (こんなに虚しい晩餐会が、この世にあるだろうか?)  演奏家たちが楽器を鳴らし始めると、どこからともなく陽気に踊る、貴族たちの笑い声が聞こえてくる。 (国民は、明日食べるパンもないというのに……)  アッシュロードの願いが叶う日は、たぶん……きっとすぐには来ないのだろう。  そんな予感がして、胸がズキンと痛む満月の夜だった。

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