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第11話

 真っ赤な顔で虚勢を張る男に、これ以上追いつめても得はないと考えたのだろう、ヴィオラが口を閉じた。男は小さなナイフを、ヴィオラの鎖骨部分に当てた。 「少し痛むぞ」  ナイフの先が皮膚の薄皮をすっと横に滑る。白い肌の表面に赤い液体の玉がぷくりと盛り上がって、じわりと滲んだ。ヴィオラは瞳を閉じたまま、ぴくりとも動かない。男の無骨な指が傷口にぐっと入り込んだときだけ、かたちのよい眉がわずかに動いた。次の瞬間、赤い液体に染まった男の指先には、一センチほどの薄いチップがあった。男はそれを服の前で雑に拭うと、コードの先端に差し込んだ。後には生気の抜けた人形のようなヴィオラがソファに横たわる。 「彼は大丈夫なのですか?」 「ああ? そりゃあ肝心のチップを抜いたんだから動かねえよ」  不安を口にした掃除ロボットを、男はバカにしたように鼻で笑った。 「まったく高級なロボットさまは何を考えているかわからないよな」  お前みたいなポンコツと代わりたいなんて。  蔑んだ瞳から男の考えていることが伝わってくるようで、掃除ロボットはうつむいた。 「でもまあ、お前にはラッキーだって話だ」  男は先ほどよりも遠慮のない仕草で暴れる黒猫の首筋にナイフを入れると、同じようにチップを取り出した。何かのコードをキーボードに打ち込んでゆく。 「よし。何とかうまくいきそうだ」  男はキーボードから顔を上げると、「お前の番だ」と掃除ロボットに向き直った。 「危ない橋を渡っているのはこっちも同じだ。いまさら止めたはなしだぜ」  凄みのある暗い目が掃除ロボットを見つめる。掃除ロボットはその場に固まったように、自分に近づく男から視線を離すことができなかった。  ブゥーン……、と微かなモーター音が聞こえた。ひんやりとした風に、肌が粟立つような感覚を覚えた。  寒い……。  目は閉じていて、何も見えない。右上のほうに照明があるのか、瞼に明るさを感じた。  瞼……?  そこで初めて違和感を覚えた。自分には瞼なんてものはないからだ。使役ロボットの目はカメラになるが、人間のように五感があるわけではない。部屋の明るさを認識することはできても、データとして理解しているだけで、実際に眩しさを感じているわけではないのだ。しかし何よりこの心許なさはどうだろう。自分の身体が自分のものではないような、激しい違和感がある。コードにバグが生じているみたいに、力の加減がうまくできない。

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