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第42話

 ――参った。思っていた以上に時間はなかったらしい。背後からぴたりと銃口を向けられ、崇嗣は降参するように両手を上げた。 「……わかった。言う通りにする。いいか、撃たないでくれ」  さあ、どうする。  背中をつ、と汗が伝い落ちた。崇嗣はゆっくりと振り返ると、次の瞬間、身体を沈み込ませ、男の銃口を蹴り上げた。バンッ、と銃声が響き、男が発射した弾は壁に当たった。 「くそ……っ」  体勢を整えた男は再び崇嗣に向かって銃口を構えた。 「撃つな!」  そのとき、高級なスーツに身を包んだ五十代くらいの男が、警備員を従い立っていた。男の厳しい眼差しは崇嗣に据えられている。 「社長! 申し訳ありません。侵入者が……」  男は手を上げると、部下に銃口を下ろさせた。崇嗣と男は無言で見つめ合う。 「元気そうだな」  先に声を発したのは、五十代の男のほうだった。崇嗣は表情も変えなかった。 「社長……?」 「大丈夫だ。持ち場に戻りなさい」 「はっ!」  ぴしりと直立の姿勢のまま、部下は男に頭を下げた。この状況を不審に思わないはずはないだろうに、上司の命令を聞いてからは微塵も崇嗣に興味を示さなかった。 「きなさい」  男は崇嗣に声を掛けると、背を向け歩き出した。崇嗣もその後に続く。扉の前で、男は指紋と網膜をスキャンした。白い漆喰を塗り固めた細い通路を通り、円形状の小部屋に入る。青いライトがつき、蛍光のラインが走るように崇嗣と男の身体の上をスキャンした。全体が巨大なサーバールームになっている通路を通り抜けると、奥にガラス張りのオフィスが現れる。REX社の心臓部だ。この場所に入れるのは、REX社の社員でもごく一部の人間に限られる。  オフィスに入ると、男は自分の椅子に腰を下ろした。崇嗣にも正面の椅子に座るよう勧める。男の言葉を無視してそのまま立ち続ける崇嗣に気を害したようすもなく、男は手元の画面を操作し、建物内の防犯映像を呼び出した。 「さっきの騒ぎもお前か」 「そうです。建物内に入る必要があったので、キャンパーたちに騒ぎを起こしてもらいました」  崇嗣がしれっとした顔で答えると、男は「そうか……」と呟いた。 「それで、十年以上も家に寄りつかなかったお前が、きょうここにきた理由は何だ」  わずかに眉を寄せる仕草を見て、ふいに懐かしさを覚える。そうだ、この人はよくこんな表情を浮かべていた。先ほどは気づかなかったが、あらためて近くで見ると、老けたな、という印象が強くなる。東洋人にはありがちで、昔から若く見られる人だったが、サイドや生え際のあたりにちらほらと白髪が目立つようになってきた。 「父さん。あなたに頼みがあってきました」  きょう、実際にこの場所に訪れるまでは、たとえ何をしてでも崇嗣は目的を遂げるつもりだった。いざとなれば目の前の男を人質に取ることぐらい、自分は平気でするだろう。しかし、実際にその人の姿を目の前に見て、自分でも驚いたことに、崇嗣の中にほんのわずかだが変化が生まれていた。それはマルと出会ったことで、崇嗣の中の何かが変わったのかもしれなかった。  崇嗣が十年ぶりかにその名前で呼ぶと、男は小さく目を瞠った。

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