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第5話 君のことばかり

 日だまりでぼーっと過ごす。  庭木を眺めて季節を感じたり、風を聞いたり、近所の音で動きを想像したり。  俺の好きな時間。  そのはずなのに。  考えてしまうのは永喜のことばかり。 「うー」  眼の奥がぼやっと熱く感じて、ぎゅうと目をつぶった。  しまった。  考え事に熱中してしまって、まばたきをするのを忘れていた。  もともと涙の量が少ないとかで、コンタクトレンズも使えなかった。  そんな体質とケガの影響で、意識的にまばたきをするようにしないと俺の目はすごく乾いてしまうから、と指示されていたのに。  眼の奥の熱は、ドライアイがひどくなっている前兆。  強く目を閉じて涙を絞り出そうとしたけど、かなり乾燥していたらしい。  今度はまぶたがくっついた感じになって、目を開けられなくなる。 「……やべ」  眼鏡をはずして手探りで座布団のふちを探し、置く。  両瞼の上にそれぞれ指を置いて、ゆるくマッサージをする。  押さえつけたりこすったりすると却って眼球に傷がつくから、そっと眼窩に沿って撫で押すように指を動かす。  ゆっくりと繰り返していると、門から庭の方に入ってくる砂利音が聞こえた。  客だといけない。  まだ瞼に違和感は残っていたけど、マッサージを終えて目を開けようとしたら、瞼を開くより早く大きな手にさえぎられた。 「無理するな」  男らしい大きな手は、全体的には滑らかなのにところどころに皮膚の硬くなった部分がある。  親指から手首にかけてのふっくらしたところとか。  パン焼きの時に鉄板に触れてしまって、火傷をした痕だと言っていた。  他にも小さな傷はある。  でも、温かくて大きくて、優しい手のひら。 「えーき」 「乾燥させたのか? 目薬は?」 「居間のいつものとこに……なんで? 今日は作業しないって連絡したろ?」 「出かけるとは聞いてないから、様子見に来た」   永喜は慣れた手つきで座布団を半分折にして枕の代わりを作り、頭に当てがって俺を寝かせる。  かしゃん、と永喜が眼鏡を拾い上げた音がした。 「目薬とってくる。そのままでいろ」  とたとたと裸足の足の裏が床板を踏んで遠くなる音がする。  カフェ仕事用の格好じゃなくて、ラフな格好で様子を見に来てくれたんだって、その音で分かった。  顔にあたる日差しと風。  遠くで永喜が動き回る音を聞いて、俺は頬を緩める。  ほら。  永喜はこんなに優しい。  大丈夫、永喜はまだこんなにも。  俺が放置したままにしていた台所を片づけたり、瞼の上に置く蒸しタオルを作ってくれているんだろう音がする。  戻ってきた気配を感じると同時に、顔の上に少し熱めに……でも、快適なくらいの温度に蒸されたタオルが置かれた。 「お前、一人でも自分の面倒くらいちゃんとみろよ」 「わかってる……ちょっと油断してただけ」 「目のことだけじゃねえよ。流し、どうなってんだよ」 「あー」 「冷めるまで、そのままにしてろ。片づけてくる」 「悪い……」 「いいよ。お前は手がかかる方が安心する」  さらりと、恐ろしく照れくさいことを言われた気がする。  永喜はなんてことないかのように、緊張した雰囲気すら感じさせないで、俺の頭を撫でてから離れていった。  家の中にある、永喜の気配。  安心して息をついたら、体の奥の力が抜けた。  体の奥にあった不安は、君の一言で溶けてなくなる。

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