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第6話 どんな君でも君が好き

 ゆらゆらと揺れる体に、意識が浮かんできた。  蒸しタオルを当ててもらったまま、少し転寝していたらしい。  ぼんやりしていたら布団に横たえられた感じがした。  手に触れるのは、綿の厚手のケット。  永喜は洗濯機で洗えるからいいと言っていて、俺はその手触りが気に入っている。  背中に触れるのは、少しくったりとしたシーツ。  シーツ?  背中にシーツの感触? 「…え?」  さっきまでの違和感は嘘みたいになくなって、すんなりと目が開いた。  ぼんやりと映るのは薄暗い自分の部屋の天井。  夜になってる感じじゃなくて、縁側のカーテンを引いて、部屋の出入り口の障子をたてた感じの暗さ。  クリアに見えないのは眼鏡がないから。  さらりと肌にシーツが触れて、自分が全裸になっているのに気がついた。  隣で同じように全裸で寝転んだ永喜が、俺の顔を覗き込んでいる。 「目、覚めた?」 「えーき?」 「やっと、顔が見られた……すごく久しぶりですごく嬉しい」  優しい手つきで前髪をよける。  その流れで頬を撫でられた。 「え…や、まって……め、眼鏡は?」 「あんな無粋な必需品は、居間に置いてきた」 「置いてきたって……見えないじゃないか」 「今は、必要ないだろ」  ちゅ、と額に永喜の唇が落ちる。  あれだけ誘っても動かなかったのに、いきなり何だこの展開は。 「いつもの万葉もかわいいけど、やっぱ、なんにも身に着けてない万葉がいいな」 「そ、って、なんで? いつの間に服っ」 「さっき、ここに運んですぐ」 「だから、なんでっ」  俺の髪を撫でて輪郭を指先でなぞって、にこにこと笑う永喜の顔は、朧にしか見えない。  はっきり見えてはいないのに、何故か『待て』をしている犬みたいだと思った。  家の座敷にいるような小型の愛玩犬じゃなくて、よく飼いならされた大型の……狩猟犬。  もう少しで大好物が口に入るって、皿の前で待っている顔。  もうすぐもうすぐって嬉しくてたまらないけど、それでもまだ口には入らなくて、なんでだよって思ってる顔。 「だってさあ、誰かさんは俺の言うこと信じてくれないくせに、むやみやたらと煽って誘いまくるしさあ。俺も思うところがあって我慢してたけど、いい加減限界なんだよな」  思う、ところ?  我慢って?  あんなに誘って、全然そんな雰囲気にならなかったのは、あえてってこと?  俺はそれで不安で悩んだっていうのに? 「なんで、我慢なんか!」 「好きだよ」  急に真面目な声で永喜が言った。 「好きだよ、万葉」 「知ってる」 「ホントに、どんな万葉でも好きって、信じてくれてる?」  え?  どんな俺でもって、どういうこと? 「どんな服を着ていても、服を着ていなくても、俺は万葉が好き」  歌うように呟きながら、永喜が俺を組み敷いてあちこちにキスを落とす。 「どんな髪型でも、たとえ禿でも。眼鏡があってもなくても、万葉が好き」 「えー…き?」 「知っていたけど信じてなかったろ? 俺の恋人は万葉。しゅうさんなんてどうでもよくて、万葉だけが好き」 「それとこれと、なんの関係が……」 「ないと思う?」  俺が勝手に不安になっていたこと。  永喜は気がついて何とかしようとしてくれたんだという。  しがみついていた眼鏡。  あってもなくても好きだけど、かけていることにこだわっているって気がついたから、なら、眼鏡がない時に抱こうと思ったらしい。  どんな俺でも好きだと、伝えたかったから。  柔らかにキスを落としながらそう告げられて、そういえばと思い当たる。  俺が誘って永喜が乗って、なだれ込みそうになった時に、眼鏡をはずすのを拒んだ。  そう、思い返せば毎回。  俺は眼鏡を死守した。  だって、永喜は眼鏡をかけた俺が好きだと言っていたから……俺がその言葉にしがみついていたから。 『無理強いしたいわけじゃないから、いいよ』  永喜は笑ってそういって体を離したけど、俺があの時拒まなかったら、そのままやってたってこと?  俺が一人で無駄に悩んでしまっていただけってことか。 「ちゃんと信じて。俺は万葉が好き」  永喜はちゃんと知っている。  ちゃんと俺を知ってくれているから、間違いなく大事な話の時には、そうしてくれる。  ほら、今も。  俺の目が、裸眼でちゃんと見える位置に自分の顔を置いて、俺を見つめた。 「お願いだから、ちゃんと信じて」  お願いだと繰り返されて、胸の奥がざわってした。 「うん……ごめん……知ってる。知ってた。ちゃんと、信じる……」  ちゃんと見えるはずの位置なのにジワリと永喜の輪郭がにじんだのは、俺の目に涙が浮かんだから。  こんなに好きって言ってくれてるのに。  全部で俺を好きって思ってくれてるのに、なんで、怖かったんだろう。 「よかった」 「好き。俺も、永喜が好き。ちゃんと好き。ずっと好き」  ほろりと雫が流れて、クリアになった視界に移ったのは、『待て』を解除された大型犬の顔。 「色々とご理解いただけたところで、お仕置きターイム!」 「へ?」 「俺を煽ったのと待たせたのとその他諸々。二度と忘れないでって体に覚えてもらわないとね」  にっこりと笑ったその顔に、拒否権がないことを知らされた。

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