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第2話 新入社員

   高校の時一年半付き合って、突然俺の前から姿を消した。奏太が俺に言えないと苦しんでいたその理由を本当は知っていた。それだけに、相談さえしてもらえなかった自分自身が情けなかった。  高校生がどうにか出来るレベルの問題ではない事もわかっていた。大学生になれば、あの家から連れ出してやれると思っていた。  間に合わなかった……どうすればよかったのかと、ぐるぐると仕方のないことで随分と悩んだ。  偶然の再会で、やっと腕の中に囲い込んだ。そう、取り戻したはずだった。でも、小鳥は腕の中で傷ついた翼を癒して、また飛んでいなくなってしまった。  あの日、全てを失ったと思った。もう二度と立ち直れない。そう思ったのに……気がついたらの心の片隅にその思い出を閉じ込めて、その思い出の入った箱に鍵をかけてしまったようだ。  時間とともに永遠と思った愛も風化して行くのだと知った。  会社で仕事に忙殺されるのは心地よかった。感情に押しつぶされなくてすむ。俺は、忙しいのを解っていて自ら本社への出向を希望した。  本社の出向先の主な仕事は、政府のODA資金を元とする途上国へのインフラ整備だ。  対象国が主にアジアだったので取引先とは二時間程度の時差があった。  その時差のせいで、帰宅が定時になることはなかった。誰も待つ人もいなければ恋人もいない俺にとっては帰れないその状況が、都合が良かった。  実際は子会社からの出向なので、籍は子会社にあるが仕事は本社で行う。  仕事の内容は、本社採用の社員と何ら変わりはない。名刺に印刷されているのは本社の社名だし、デスクも本社採用の社員の隣だ。  一見すると全く同じ会社に同じように勤めているように見える。しかし、そこには大きな違いがある。一番違うのは給与。  それでも大きなビルの中で、一日仕事とだけ向き合えるこの状況がとても心地良かった。  「木村、今日は昼どうする?たまには社食に行くか?」  そう声をかけられて、腕時計に目を落とすと既に十二時を回っていた。  「そうするか、昨日課長に言われたインボイスまだ全部ドラフトあげてないから外に出る時間はないな」  他に金を使うこともない。昼くらいと、近くのビルの地下にある食堂街に出向くことがほとんどだが、今日はもう時間がない。  「んじゃ、そういうことで」  同じ年齢の大野はK大卒で親は弁護士というエリート。地方の国立大出身で子会社からの出向社員という俺とは立場が違う。こうやって二人並んでいても、つい卑屈になってしまう。  「なあ、外為に今年入った新入社員知ってるか」  いきなりの質問に少し頭を傾げる。  「さあ?そもそも本社勤務の人間だって数千人だし、新入社員も今年は百人を超えているだろ。外為に入った新人なんて知っているわけないだろう」  「それがさ、話題になっているんだよ。どっかのお偉いさんの遠縁に当たるらしいんだけど、頭の切れるやつでさ。年齢は俺たちと同じ。なんだか、外国にいたとかで、今年入社したらしい。秘書課の情報だから確かだろ」  「で、その新人がなんで俺たちに関係あんの?」  「関係あるっちゃあるし、ないっちゃないかな。玉の輿だとか給湯室で噂になってんだよ。新人に可愛い子全部喰われちゃうかもしれないじゃん。トンビに油揚げなんて、俺いやだからさ。名前なんて言ってたかなあ、小野だったかな?」  秘書課の女子か、興味は無い。大野のくだらないおしゃべりに付き合いながら、久々に混雑した社食に足を踏み入れた。  「あ、いた。ほら、あいつだよ」  大野の指さした先には、忘れたくても忘れられない顔があった。  「奏太……」  「え?お前も知ってんの?あ、そうだ尾上奏太だ、かなり秘書室で有名」

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