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第3話 三度目の……

   「……まさか、何で……」  「木村?お前どうした?顔、真っ青だぞ」  「ご、ごめん。俺、急用を思い出した。デスクに戻る、悪い」  「え?飯は?おい、木村!」  社食を出ようとした俺に呼びかけた大野の大きな声、そこにいた数名が振り返った。奏太に気づかれないように慌ててその場所を後にした。  別に悪いことをしているわけではないが、逃げるように社食から出た。何が起こっているのか全く理解できない。軽い過呼吸状態になり、目眩がする。  デスクに戻ると席につき、両手で顔を覆うと自分の呼吸を捕まえて落ち着かせようとする。心臓が今まで走ったことのない速度で走り出す、呼吸が苦しくなって肩で息をする。  幻じゃない、奏太だ。どうしてここにいる?  ……海外帰り?  何のことだ?紛れもなくあれは、四年前に俺の下から飛び立っていった奏太以外の何者でもない。  お偉いさんの遠縁、留学……どれも奏太には結びつかない。動くことさえできずに、とりあえず落ち着こうと何度も深呼吸を繰り返す。  「木村、どうした?真っ青になって出て行くからさ、驚いたよ。お前、大丈夫か?」  後を追ってきたのか、大野が心配そうに声をかけてきた。  「悪い、大野。飯はどうした?」  「いや、心配でさ、戻ってきちゃったよ。下のコンビニで何かかってくるけど、何か買ってくるよ」  「何もいらない、悪いな心配かけて。少し目眩がしただけだから」  「働き過ぎなんだよ、木村は。少し手を抜いてくれないと、俺たちが使えないってまた言われちまう。今日は早く帰れよ。昨日の接待って丸山商事の菅さんだろ?あの人に付き合ったら飲みすぎるよ」  「ああ、多分そうだな。今日はインボイスあげたら帰らせてもらうわ」  「だな、少しは休め」  コンビニへと向かった大野の後ろ姿を見送りながら考える。新入社員ってことは二週間前から同じビルの中にいた事になる。外国為替部門は、高層階にあるため五階の営業部とは使うエレベーターを違う。  俺はほとんど、社食は使わないし、高層階にある管理部門へは女性スタッフにお願いして行ってもらう。なかなか自分から高層階へと向かうことはない。  だからすれ違うことも今日までなかったのだろう。  それにしてもなぜ、ここに奏太がいるのかが解らない。コネ入社だと、大野は言っていた。奏太にそんな親戚がいるなんて話は聞いたことがない。  そのまま午後からの仕事も手につかず、やったこともないミスを重ねる。インボイス上の桁の入力ミスなど一番やってはいけない事までやらかした。  課長がため息をつくと「働かせ過ぎか……」と、独り言を言った。  かなり体調が悪いのではと心配されて、定時に追い立てられるように帰ることになった。  「木村、今日このまま病院行け。そして週末は休んでろ。月曜からまた頑張ってもらうから。大野、木村の仕事今日の分引き継げ」  とうとう課長が珍しく、俺から仕事を取り上げるという始末だ。情けない。でもこれ以上ミスを重ねてしまえば、却って仕事を増やすだけだった。  まだ空が明るいうちに会社の正面玄関から出る。ここに出向してきてからは、帰宅時間がいつも遅く、夜間通用口以外から帰宅したことはなかったなと、考えながら自宅へと向かった。  早い時間に帰宅したものの何をすれば良いのか、全く見当もつかない。今まで会社から帰ったら泥のように眠るだけだったからだ。  そもそも土日にゆっくり休めと言われたところで、何もすることはない。余計な時間ができたことで、くだらないことばかりが頭を駆け巡る。  なぜ今更、俺の前に。偶然か、それとも……。  部屋の中を檻の中の熊のようにうろうろとする。  なんだかふらふらする、考えると今日は朝から何も食べていない。朝のゼリー飲料のみだと気がついて、何か口にしないとと冷蔵庫を開ける。  缶ビール数本と缶詰が少し。わかってはいたが、情けない食生活だ。  とりあえず冷蔵庫から取り出したビールのプルタブに手をかけたとき、インターフォンがなった。  「はい?」  確認もせずに開けたドアの前には……奏太が、立っていた。

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