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第5話 前進と足踏み

 「ち、ちょっと待って、いきなり……」  「今までの四年間は無しということで、お願いします」と、言われても。反応に困る。奏太は充実した時間を過ごしたことは、今の奏太を見て間違いないと思う。  俺の苦しかった時間、悩んだ時間、そして立ち直るまでの時間は何だったのだろう。  「何の連絡も今までなくて、いきなり……」  「連絡しようと何度も思ったよ。でも、連絡してしまえば会いたくなる」  「だったら会いに来てくれれば良かったんだ。俺が、どんな気持ちであの時送り出したのか。今までナシのつぶて、なのにいきなり現れて。俺には理解できない」  「瑞樹、俺は俺自身と瑞樹のために。」  「俺のため?俺の気持ちの何がわかるの?悪い、帰ってくれないか」  奏太に対して言いようのない怒りが沸いてくる。きっと別れることが奏太のためだと本気で思った、だから身を引いた。  それからは、他に何も考えないように仕事だけを考えて生きてきた。最初の一年はひどかった。ふとした時間に奏太がそばにいるような気がして振りかえってしまう。  少しでも追ってくる影から逃げたくてアパートを引越した。だけど、携帯の番号を変えることさえ出来なかった。万一、奏太が俺を必要としたらと、ありもしない妄想にとりつかれていたのかもしれない。  ようやく二年かけて諦めた。もう心は誰にも渡さないと決めた。母親の持ってきたお見合いを初めて受けたのもその年だった。  誰でも良かった、断るつもりはなかった。そのはずなのに、どうしても無理だった。  それからの二年間はただ仕事に忙殺されていただけで、正直なにが変わったのかと言われてもわからない。ただあの時より四年分だけ歳をとって、そしてもう奏太との思い出にも決別してしまっただけだ。  「奏太、俺に……今、もうその気持ちが残ってない。せめて二年前なら、いやいつでも無理だったかもしれない。」  「うーん、俺、振られるのか。期待もしてたけれど、覚悟もしてたんだよね」  奏太はガシガシと頭をかくと、笑って「じゃあ」と、ドアに向かう。靴を履くと振り返って俺の目をまっすぐに見て言う。  「瑞樹、一つだけ聞かせて。今、恋人はいる?」  その瞬間、口から出た言葉に自分でも驚いた。  「ああ」  「幸せ?」  「ああ」  「そうか、じゃあ俺、あの時の判断は間違えてないよ。残念、二年前まではフリーだったのか。あ、ここに俺が来るのもまずいよね。相手は……いや、いいや。帰るね。お邪魔しました」  奏太は嵐のように訪れて、爆弾を落として帰っていった。左手にはもうぬるくなり始めたビールの缶がまだ握りしめられたままだった。  「俺の恋人ね……仕事ってとこか」

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