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第9話 思いの丈
「サンキュ、木村。次はみんなで飲み行くか。俺、石山さんかなあ。あのくらいの軽いノリの子の方がいいや。お前、諸井さんでいい?」
いいも何も相手の気持ちはどうなんだ。大野の話を聞いていると、まるで店で品定めをしているように聞こえる。お前は、青と黒のペンどっちを買う?とでも聞いているかのようだ。
「相手がどう思っているか解らないだろ。悪いけど俺はパス。お前と尾上で行ってくればいい」
自分で奏太の名前を出しておいて、その途端に鳩尾のところに何とも言えない感覚が宿った。
……そう俺には関係ない。
もう奏太とは関係ないんだと、自分自身に証明してやるためにデスクに戻ると外為の内線番号を回す。
「海外営業部の木村です、尾上さんをお願いします」
その日の夕方、奏太が退社する時間に一階のロビーで待ち合わせた。頼まれてお前に渡さなければいけないものがあるからと、そう伝えると奏太はじゃあ帰りにと簡単に答えた。
「で、俺に渡すものって?」
「これ、秘書課の古谷さんって女性がお前に渡して欲しいって」
「ふーん、秘書課の。そう、ありがとう。渡すものって、これだけ?」
じっと正面から見つめられて、心音が速くなる。
「そう、これだけだ。確かに渡したからな」
「確かに受け取ったよ。じゃあ、また」
奏太は当然のように、俺の手からその小さい紙きれを受け取って帰って行った。
……嘘だろ。あいつ……俺の事が好きだって言ったのは金曜日のだったのに。
デスクに重い足取りで戻る。残った仕事があるから、それを終わらせる前に帰るわけにはいかない。大きくため息をひとつつくとコンピュータに向かった。
「俺に告白するために四年費やして、なのにあれで終わりって何だよ」頭の中でぐるぐるとくだらない考えが回り始めた。
これ以上、考えなくて済むように英文の書類作成に取りかかる。少なくとも日本語で考えている時ときよりも、余計な考えが入り込まなくて済む。
「……ら、木村!ってば」
大野に肩を掴まれて、驚いた。
「お前そんなに真剣な顔して、なに画面睨んでんの。課長がさっきから呼んでるから」
「あ、悪い。すみません、課長何でしょう?」
「今度の日曜日なんだけど、成田空港へ行けるか。クライアントのピックアップなんだが。俺が行くはずだったが、茨城の工場の方で問題が起きた。工場のラインが動いていない週末にチェックが入るから立ち合わなくっちゃいけない、頼めるか?」
日曜日、母親に帰ると約束した日だ。まあ、いつものことだ。別にまた嫌味を言われるだけの事。仕事が優先、それは譲れない。
「はい、特に予定もありませんので大丈夫です」
そう答える、帰ったら小言を聞くために母親に電話をしなくてはいけなくなった。
「木村、お前いつでも何でも受けるけど、大丈夫なのか?」
大野が苦笑いしながら聞いてきた。
「日曜日か……俺は秘書課の女子とでも出かけるか」
聞きたくなくてもこういう情報は入ってくる。奏太の事には係わりたくないのにと、また大きなため息をついた。
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