「温かいものでも飲む？と、言ってもコーヒーくらいしかないけど」 　「瑞樹、相変わらず冷蔵庫の中は空っぽなんだね」そう言いながら奏太が笑う。 　「ん。水しかない」 　不思議と自然に会話ができる。軽口を叩くことはもうないと思っていたのに。 　「コンビニで何か買ってくるか？」 　「未だにコンビニが食料庫？さっさと結婚して奥さんに世話してもらった方がいいんじゃないの」 　「奏太に言われたくないよ。お前こそ……昨日……いや、何でもない」 　「え？俺は独りで生活できるし、別に困ってないから現状を変える気は無いよ｣ 　「別に生活のために結婚するんじゃないだろう｣ 　「じゃあ、瑞樹は？瑞樹は何のために結婚するの？」 　｢何のためって、……そりゃ人として自然だし｣ 　「ふうん、人として……ね」 　なぜか責められているような気がして仕方ない。 　「だれかを好きになるなんて事、そんなの……」 　「そんなのって、何？相手はだれでも良いみたいに聞こえるけど」 　相手は誰でも？そう誰でも大差はない。 　……誰でも良い……。 　「変わらないだろう、誰だって妥協して現実の中で生きているんだ」 　自分で自分に言い訳している。俺はみんなが一番穏やかにいられる方法を選んだ、それだけ。 　「妥協ね……俺ならその選択はしない。瑞樹、行こう」 　奏太が真っ直ぐな目をして俺に手を差し出した。強い視線に晒されて心臓の鼓動が加速した。 　「えっ、行くって……どこへ」 　「コンビニ、行くんでしょ？」 　「あ、ああ」 　何を勘違いしたのだろうか。まるで差し出された手が、行く末を決めるような錯覚に陥った。そこから出ておいでと手を引かれるのかと勘違いした。 　「奏太、なぜ来たんだ……」 　「じゃあ、瑞樹はなぜ俺に電話してきたの？」 　「声が……聞きたかっただけ」 　「俺は、瑞樹の顔が見たかった、それだけ。同じでしょう」 　同じと笑う奏太、本当に同じなのだろうか。俺は奏太を、奏太は俺をどうしたいんだろうか。 　「奏太、恋人いないの？」 　「何？突然？いないよ。知ってるでしょう、そんなこと」 　「知らない、俺は今の奏太のこと何も知らない気がする」 　「そうかな？……そうかもしれない。でも別にいいじゃない、知ったって何も変わらないんだから」 　何も変わらない？そうなのか変えられないのか。既に逆方向へと走り出してしまったから。 　「奏太、これから帰るんだろう。タクシー代、俺が出すよ。明日も会社だし、心配してくれてありがとう」 　「……」 　俺が差し出した金を奏太は何も言わずに受け取った。 　「明日、返す。勝手に来たんだし、表通りまで送ってよ帰るから。俺が帰れば、コンビニには行かなくて済むだろうし」 　奏太は今度は俺の顔さえ見ないで答えた。 　　……何故、そんなに傷ついた顔をするんだ。