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第36話 踏み出す
何もできない無力さに襲われた。
一体、なぜここまで息巻いて駆けつけたのかさえ分からなくなる。所在無くなりため息をついて下を向いた時に、奏太の指先が震えていることに気がついた。
……奏太、何に怯えている?
話している権藤からは威圧的なものは受けない、そして何の問題もなく話は進んでいる。
権堂の言葉に安堵して軽く息をついた奏太の横顔を見た時に、その違和感の原因に気がついた。
横顔?……奏太……お前、…一度も俺の顔を真っ直ぐに見ていない。
俺の言動が、どれだけ奏太を不安にさせているのか。自分のことだけで頭も心もいっぱいになり被害者のような気持ちになっていたことが情けない。
横からそっと手を伸ばして震えている指先ごと手の中に包み込む。冷たい。力の入った指先は血が通っていないかのように冷たくなっている。
「ごめん、ここにいる。いるから大丈夫」
小さく耳元で囁くと、奏太の体が小さく震えた。
「ん」それだけの短い返事、それでも俺の手の中にある奏太の手から力が抜けた。
当事者は奏太、そして俺は本来なら部外者。ここに入れてくれた権藤に感謝することはあれ、変な嫉妬を募らせるのはお門違いというものだろう。
二人で一緒にこれから先を考える、そのために奏太は俺をここに連れてきたんだ。
「権藤さん、すみません。奏太の事は、後は……もう任せて下さい」
権藤の片方の眉尻が少し上がった。そして何も言わずにただ、微笑んで軽く頷いた。
「え?」
奏太が驚いた顔をした。
「お前は権藤さんの元に戻りたいから、俺をここに連れてきたのじゃないだろう。それともそうなのか……」
俺に覚悟させるためにここに連れてきたんだよな。ホテルのお前の部屋を探し出した時はそのつもりだったんだ。
「……いや」
「正直に言うと、俺は自分が被害者だと、どこかで考えていたんだ。そしてお前の事を責めていた」
勝手にいなくなって、勝手に帰ってきて、どういうつもりだと思っていたんだ。
自分の事ばかりだ。奏太がどれだけの思いで俺の元を去ったのか考える事さえしなかった。
責める相手がいる事で、俺は救われていたのに。
「ごめん、もう迷わない。もう離さない」
権藤は立ち上がると奏太の頭に優しく手を置いた。
「お前も、もう自由になりなさい」
そして俺のへ向き直ると重たい声で言った。
「守りきれるか?決して楽な道ではない、失うものも多いぞ」
「はい、もう離しません。迷いません」
奏太の手をぐっと握る。権藤は俺の顔を上から覗き込み、大きく頷いて自分の座っていたソファに身を沈めた。
「帰りなさい、これから弁護士がここに来ることになっている。多少の火の粉はかかるやもしれん。しかし、それくらい振り払う力がなくては、この先に待っているもっと大きな障害は超えてはいけない、何かあったら連絡しなさい。まあ、頼ってこない事を期待しているよ」
そう言うと権藤は俺に名刺を渡して、ドアへと促した。かなわないと痛感した。けれど心地よい敗北感が残った。
部屋を出ると、二人でほんの数十分前に来た道を戻る。
「奏太……俺で……いいんだよな?」
「瑞樹がいい……」
奏太の言葉に心が震える。いつの間にか俺の手の中で暖かくなった奏太の指先から甘い痺れが伝わってきた。
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