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第5話
「今頃、何を……。てか、本当に?」
蘭が、再び赤くなる。ああ、と陽介はうなずいた。
「あの山陰の講演での、君の鋭い質問。興味を惹かれて仕方なかったんだ。講演が終わったら誘おうと、密かに決めていた」
「何だよ、それ……。じゃあ、俺の迫真の演技は何だったんだ……」
蘭がため息をつく。いいじゃないか、と陽介は言った。
「どちらにしても、俺たちは結ばれる運命だったということだ。そうだろう? 『運命の番』」
「またそういう非現実的なことを……」
可愛くないことを言い出す蘭の口を、陽介は素早くふさいだ。ひとしきりその唇を堪能した後、陽介はおもむろに告げた。
「俺が言いたかったのはな、場所なんてどこでも構わない、ということだ。君と愛し合えるなら。……だから、気にするな」
蘭が、はっとしたように目を見開く。ややあって、彼は小さくつぶやいた。
「……ありがと」
照れと感謝の入り交じったその表情は、たとえようもないほど可愛らしく、陽介はたまらず再び口づけた。止めろ、と言いたげに蘭が身をよじる。
「子供たちが起きてきたらどうすんだ」
「だったら、早く風呂場へ行くことだな」
はいはい、と蘭がしぶしぶ席を立つ。その姿を見つめるうち、陽介は思わず口走っていた。
「なあ、蘭」
「ん?」
蘭が、きょとんとこちらを見る。
「……いや、何でもない」
陽介は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
『もう一人作らないか』
言わないでおこう、と陽介は思い直した。蘭がどう思っているかはわからない。高齢出産の年代でもあるし、無理強いはしたくなかった。
(本当は、欲しいけどな……)
陽介のそんなひそやかな願いが叶うのは、それからさらに数年先のことであった。
了
※この後、まだまだ続きます。
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