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『サラダ・パニック』第1話

 ※ここからは少し時間が戻りまして、双子が赤ちゃんの頃の、蘭と陽介のお話です。  蘭を不安にさせたのは、その日遊びに来た悠の、何気ない一言だった。 「弁当作り、頑張ってるみたいだね」  臨月のお腹を抱えた悠が、にこにこと言う。まあな、と蘭は答えた。蘭が初めて作った弁当にいたく感激した陽介は、今後も作ってほしいと懇願した。勝手にSNSに上げた時は怒ったものの、多忙な彼のために栄養あるものを作ってやるのは、やぶさかではない。二度とSNSには投稿しないという約束で、蘭は弁当を作り続けることにした。それは、双子が八ヶ月になった今も続いているのである。 「結構、凝ったもん作れるようになったよね。肉味噌や鶏のつみれなんて、大進歩じゃん」 「……何で知ってんの?」  それは、まさに本日の弁当のメニューであった。すると悠は、けろりと答えた。 「今日事務所へ行ったもん」 「達郎(たつろう)さん、忘れ物でもしたの?」  達郎というのは陽介の秘書で、悠の夫である。悠もまた陽介の事務所で働いているが、今は産休中のはずだ。なぜ事務所へ、と蘭は訝った。 「ちっちっちっ。特に用はなくても、定期的に顔を出すんだよ。妻がいますよアピール! 陽介先生の事務所は、ただでさえオメガが多いんだから。ちゃんと牽制しておかないとね」 「心配しなくても、達郎さんは浮気なんかしないだろ」  蘭は呆れたが、悠は大真面目だ。 「油断は大敵だよ。蘭も、いくら陽介先生に愛されてるからって、気を抜いてちゃダメだよ。どこに寝盗ろうとする奴がいるか、わからないんだから」 「……悠がそれ言う?」 「あ……、いや」  墓穴を掘ったことに気づいたのか、悠はあわてて話題を弁当に戻した。 「でも蘭、本当にスキルアップしたよね。あのシーザーサラダとか、超美味そうじゃん」  え、と蘭は思った。そんなものは、今日の弁当には入れていない。いや、未だかつて入れたことはない……。

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