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第4話
「もしかして、あれが耳に入ったのか? 事務所の子が作ってきたサラダのこと」
「……」
蘭は、黙り込んだ。そうだと答えれば、嫉妬していたと認めるようなものだ。
――いや、黙ってても肯定してんのと一緒か……。
どうはぐらかそうか迷っていると、陽介は突如、深々と頭を下げた。
「すまなかった」
――え?
謝られるようなことがあったのだろうか。逆に不安になった蘭だったが、陽介は静かに説明し始めた。
「確かに、彼女が作ったサラダを食べたことはある。でもそれは、事務所のスタッフ全員でだ」
「全員?」
蘭は、きょとんとした。
「ああ。俺個人への差し入れのつもりのようだったが、そんなものを受け取ったら期待をもたせるだろう。かといって、突き返すのもかわいそうだ。だから、スタッフの皆に振る舞ったんだよ」
何だ、と思う反面、蘭にはまだ疑問があった。悠から聞いた話では、陽介一人が食べていたようだったではないか。それに、彼女はその後も作ってきている様子だった。そのことを告げると、陽介は顔をしかめた。
「とんだ早とちりだな。あの時は、急な来客があって、俺だけ食事が遅れたんだよ。相沢が見たのは、ちょうど俺が一人で食べている場面だろう。それから、彼女には最初の時点で、今後は受け取れないときっぱり言い渡した。実際、その後も何回か作ってきたが、拒絶したよ。手料理は、愛する妻が作ったものしか食べるつもりはないから、とね」
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